たちばな庵
二次創作メインのブログです。 男女CPオンリー。 ご注意ください。
ナツと彼女と海と
- 2012/12/30 (Sun)
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Pipipipipi……。
想の携帯が鳴った。
「出ないの? あ、私、部屋から出たほうがいい?」
可奈が、うつ伏せに寝そべっている想に携帯を差し出す。
想は可奈から携帯を受け取り、送信者を見るとため息をついて着信ボタンを押した。
「――もしもし?」
『燈馬っ! 何でメールの返信寄こさないんだよ! 大至急ってあれだけ書いたろ!?』
想は相手の声の大きさに、耳から電話を離した。
「メール? ごめん。昨日から伊豆に来ていて、家にいないんだ」
『IZU?』
「日本にある海水浴場だよ。温泉もあるけど。箱根はわかる?」
『海水浴? 燈馬が!?』
送信者はMITに通っていたときの友人だが、いつもリアクションがオーバーだ。
だからいつもはいちいち気にしないが、あまりの驚かれように想は苦笑する。
「そんなに意外かな」
『意外どころか、有り得ねーだろ! ……あ、もしかして、ロキが言ってたことはほんとか?』
「……ロキが、何だって?」
『燈馬に、えらい可愛い彼女がいるって! お前、いつの間に!? お前に彼女がいて俺がフリーってどういうことだよ!』
「知らないよ。それに、別に2人で来ているわけじゃないよ。クラスメイト何人かで来てるんだ」
『クラスメイトと旅行! お前が!?』
「用件は? 急ぎなんだろ?」
『ああ、そうそう、それそれ!』
このまま脱線が進めば収拾がつかない。
想は強引に話を戻した。
『取り寄せて欲しい論文があったんだよ。機関を通すと時間かかるから、お前に直接頼みたかったんだけど』
「相変わらずギリギリで動いてるんだ」
『さすが、わかってるね。帰宅はいつだ?』
「2日後……いや、もう少し延びると思う。いつ帰るか、まだわからない。他に手配できる人を紹介するから、そっちから連絡させるよ」
『悪いな』
そう言って想は従兄弟の森羅に連絡を取り、論文の手配を頼んだ。
可奈は通話を終えた想から携帯電話を受け取り、カバンに戻しながら尋ねた。
「延泊するの? そんなにここ、気に入った?」
「何言ってんですか!」
想の大きな声に、可奈は首をすくめる。
「水原さんや他のみんなはあと2日楽しめるかもしれないけど、僕はここでずっと寝てなきゃいけないんですよ!? まだほとんど遊んでないのに! 誰のせいだと思ってんですか!」
「だってー、燈馬君、寝てるからさ、つい、イタズラ心で……」
「やっていいことと悪いことがあります!」
「ごめんって。こんなことになると思わなかったんだもん~。だからほら、こうやってタオル交換してるでしょ?」
「……日焼けというのは熱傷深度Ⅰ~Ⅱの状態、つまりヤケドと同じことなんですよ。程度は低くても範囲が広いから、下手をすると入院するほど危険な状態に陥ることもあるんです」
――想が寝そべって、可奈が甲斐甲斐しく世話を焼いているのには理由があった。
砂浜のパラソルの下で本を読んでいた想がうたた寝したのをいいことに、可奈がパラソルを動かしてしまったのだ。
可奈がそれを忘れて沖で遊んでいたため、想が起きた頃には数時間が過ぎていて、想の全身は真っ赤になって熱を持っていた。
動くのも痛いくらいで、シャワーを浴びても染みる。
それで可奈が、氷水で冷やしたタオルで想の体の熱をとっているのだ。
因みに他のクラスメイトは、襖を隔てた隣の部屋でトランプをしている。
「え、まさか、燈馬君も明日から入院?」
「それはまだわかりません。吐き気や発熱があったら病院に行った方がいいでしょうけど……しばらく様子を見ます」
「じゃあ何で、帰る日がわからないって」
「そんなの決まってるじゃないですか。治るまでここにいて、伊豆の海を満喫するまで滞在するからです。完治する日がわからなければいつ満足するかもわかりませんから」
「でも、みんな帰っちゃうよ?」
「他の皆さんは予定通り帰京するでしょう。でも、水原さんは残ってくれますよね? そして当然、滞在にかかる費用は水原さん持ちです」
可奈がぎょっとする。
「何で!」
「どの口がそんなこと言うんですか!」
「100歩譲って残るのは仕方ないとしても、そんなお金持ってないよ!」
「……100歩譲って、ですか」
想は声のトーンを落とした。
「わかりました。水原さんも予定通り帰ってください」
「と、燈馬君?」
「タオルの交換も、もういいです。皆さんとトランプを楽しんできてください」
「だってしょうがないじゃん! そんなにお小遣いないし、バイトする時間もなかったし」
「お金の問題じゃないです。多少なりとも罪悪感があれば『100歩譲って』なんて言葉、出ませんよ」
「う……。ご、ごめんなさい……」
「何ですか? 聞こえませんよ」
「ごめんなさい」
正座をしてうな垂れる可奈に、想はようやく笑顔を向ける。
「では水原さん。シャーベットが食べたいので買ってきてください。財布はカバンの外ポケットに入ってます」
「わ、わかった」
可奈は想の財布を手にし、部屋を出て行った。
さて、そんな2人のやりとりをこっそり見ている者がいた。
正確には「者たち」――そう、同行したクラスメイトだ。
想に気づかれないようにそっと襖を閉めながら、誰からともなく口を開く。
「……すげー。アイツ、水原にパシリさせたぞ」
「あの可奈が、あんな顔で謝るなんて」
「見た? 燈馬君のあの満足そうな顔!」
「確信犯だな、あれは」
全員一致で頷く。
「つーかさー、ここに2人残るって話でまとまったわけだけど、最初っからほとんど別行動だったじゃん!」
「私ら、明らかに2人の眼中になかった感じよねー」
「でも、ま、それもいつものことじゃねえ?」
「それもそっか」
「ねね、私らが帰った後、あの2人、一緒の部屋に泊まるのかなあ?」
「別じゃねえの?」
「案外、一緒かもよー」
「俺、同室に100円」
「いやいや、まだ別室だね。300円」
「――結果は誰が聞くの?」
「……私、やだ」
「俺だって嫌だよ、まだ死にたくねえよ」
「……じゃあ、この賭けは、なかったってことで」
そして再び、全員一致で頷いたのだった。
□あとがき□
「彼女」発言を否定しない燈馬君(笑)。
燈馬君、当初は「孤独な天才少年」てイメージでしたが、実はけっこう友達多いですよね。
それはさておき、2人が同室になったのか否かは皆様のご想像にお任せします~。
想の携帯が鳴った。
「出ないの? あ、私、部屋から出たほうがいい?」
可奈が、うつ伏せに寝そべっている想に携帯を差し出す。
想は可奈から携帯を受け取り、送信者を見るとため息をついて着信ボタンを押した。
「――もしもし?」
『燈馬っ! 何でメールの返信寄こさないんだよ! 大至急ってあれだけ書いたろ!?』
想は相手の声の大きさに、耳から電話を離した。
「メール? ごめん。昨日から伊豆に来ていて、家にいないんだ」
『IZU?』
「日本にある海水浴場だよ。温泉もあるけど。箱根はわかる?」
『海水浴? 燈馬が!?』
送信者はMITに通っていたときの友人だが、いつもリアクションがオーバーだ。
だからいつもはいちいち気にしないが、あまりの驚かれように想は苦笑する。
「そんなに意外かな」
『意外どころか、有り得ねーだろ! ……あ、もしかして、ロキが言ってたことはほんとか?』
「……ロキが、何だって?」
『燈馬に、えらい可愛い彼女がいるって! お前、いつの間に!? お前に彼女がいて俺がフリーってどういうことだよ!』
「知らないよ。それに、別に2人で来ているわけじゃないよ。クラスメイト何人かで来てるんだ」
『クラスメイトと旅行! お前が!?』
「用件は? 急ぎなんだろ?」
『ああ、そうそう、それそれ!』
このまま脱線が進めば収拾がつかない。
想は強引に話を戻した。
『取り寄せて欲しい論文があったんだよ。機関を通すと時間かかるから、お前に直接頼みたかったんだけど』
「相変わらずギリギリで動いてるんだ」
『さすが、わかってるね。帰宅はいつだ?』
「2日後……いや、もう少し延びると思う。いつ帰るか、まだわからない。他に手配できる人を紹介するから、そっちから連絡させるよ」
『悪いな』
そう言って想は従兄弟の森羅に連絡を取り、論文の手配を頼んだ。
可奈は通話を終えた想から携帯電話を受け取り、カバンに戻しながら尋ねた。
「延泊するの? そんなにここ、気に入った?」
「何言ってんですか!」
想の大きな声に、可奈は首をすくめる。
「水原さんや他のみんなはあと2日楽しめるかもしれないけど、僕はここでずっと寝てなきゃいけないんですよ!? まだほとんど遊んでないのに! 誰のせいだと思ってんですか!」
「だってー、燈馬君、寝てるからさ、つい、イタズラ心で……」
「やっていいことと悪いことがあります!」
「ごめんって。こんなことになると思わなかったんだもん~。だからほら、こうやってタオル交換してるでしょ?」
「……日焼けというのは熱傷深度Ⅰ~Ⅱの状態、つまりヤケドと同じことなんですよ。程度は低くても範囲が広いから、下手をすると入院するほど危険な状態に陥ることもあるんです」
――想が寝そべって、可奈が甲斐甲斐しく世話を焼いているのには理由があった。
砂浜のパラソルの下で本を読んでいた想がうたた寝したのをいいことに、可奈がパラソルを動かしてしまったのだ。
可奈がそれを忘れて沖で遊んでいたため、想が起きた頃には数時間が過ぎていて、想の全身は真っ赤になって熱を持っていた。
動くのも痛いくらいで、シャワーを浴びても染みる。
それで可奈が、氷水で冷やしたタオルで想の体の熱をとっているのだ。
因みに他のクラスメイトは、襖を隔てた隣の部屋でトランプをしている。
「え、まさか、燈馬君も明日から入院?」
「それはまだわかりません。吐き気や発熱があったら病院に行った方がいいでしょうけど……しばらく様子を見ます」
「じゃあ何で、帰る日がわからないって」
「そんなの決まってるじゃないですか。治るまでここにいて、伊豆の海を満喫するまで滞在するからです。完治する日がわからなければいつ満足するかもわかりませんから」
「でも、みんな帰っちゃうよ?」
「他の皆さんは予定通り帰京するでしょう。でも、水原さんは残ってくれますよね? そして当然、滞在にかかる費用は水原さん持ちです」
可奈がぎょっとする。
「何で!」
「どの口がそんなこと言うんですか!」
「100歩譲って残るのは仕方ないとしても、そんなお金持ってないよ!」
「……100歩譲って、ですか」
想は声のトーンを落とした。
「わかりました。水原さんも予定通り帰ってください」
「と、燈馬君?」
「タオルの交換も、もういいです。皆さんとトランプを楽しんできてください」
「だってしょうがないじゃん! そんなにお小遣いないし、バイトする時間もなかったし」
「お金の問題じゃないです。多少なりとも罪悪感があれば『100歩譲って』なんて言葉、出ませんよ」
「う……。ご、ごめんなさい……」
「何ですか? 聞こえませんよ」
「ごめんなさい」
正座をしてうな垂れる可奈に、想はようやく笑顔を向ける。
「では水原さん。シャーベットが食べたいので買ってきてください。財布はカバンの外ポケットに入ってます」
「わ、わかった」
可奈は想の財布を手にし、部屋を出て行った。
さて、そんな2人のやりとりをこっそり見ている者がいた。
正確には「者たち」――そう、同行したクラスメイトだ。
想に気づかれないようにそっと襖を閉めながら、誰からともなく口を開く。
「……すげー。アイツ、水原にパシリさせたぞ」
「あの可奈が、あんな顔で謝るなんて」
「見た? 燈馬君のあの満足そうな顔!」
「確信犯だな、あれは」
全員一致で頷く。
「つーかさー、ここに2人残るって話でまとまったわけだけど、最初っからほとんど別行動だったじゃん!」
「私ら、明らかに2人の眼中になかった感じよねー」
「でも、ま、それもいつものことじゃねえ?」
「それもそっか」
「ねね、私らが帰った後、あの2人、一緒の部屋に泊まるのかなあ?」
「別じゃねえの?」
「案外、一緒かもよー」
「俺、同室に100円」
「いやいや、まだ別室だね。300円」
「――結果は誰が聞くの?」
「……私、やだ」
「俺だって嫌だよ、まだ死にたくねえよ」
「……じゃあ、この賭けは、なかったってことで」
そして再び、全員一致で頷いたのだった。
□あとがき□
「彼女」発言を否定しない燈馬君(笑)。
燈馬君、当初は「孤独な天才少年」てイメージでしたが、実はけっこう友達多いですよね。
それはさておき、2人が同室になったのか否かは皆様のご想像にお任せします~。
PR
スケッチ
- 2012/12/30 (Sun)
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燈馬君は、変わらず油絵にハマっているみたいだ。
私が部活で遅くなるときは屋上で過ごして昇降口で待ち合わせ、が多かったのに、最近は美術室にいたり、校庭に出てあれこれ写生したりしている。
時間を忘れて描いてるみたい。
少しは体動かした方がいいと思うんだけどねー。
ま、夢中になれることがあるってのは、いいことか。
「燈馬君、お待たせ!」
帰り支度をして美術室のドアを開けると、案の定、燈馬君がカンバスに向かっていた。
ただ1つ、いつもと違うこと……私の知らない、女の子がいた。
「あ、水原さん、お疲れ様です。今、道具片付けますね」
笑顔を見せてくれる燈馬君。
「あ……うん」
そうだよ、ここは美術室なんだから。
他の人がいたって当たり前のことじゃん。
「お待たせしました。帰りましょうか」
道具などを片付け終わった燈馬君は、戸口で振り返った。
「お先に。また明日」
驚いた私の眼に、嬉しそうに頷く少女が映った。
帰り道。
燈馬君は、右手にカバンと、スケッチブックを持っている。
ふと、最近は何を描いているのか興味が沸いた。
「ね、スケッチブック見せてよ」
「え。まだあんまり上手くないので、ちょっと……」
「えー、ダメなの?」
ダメだと言われると見たくなるのが人情ってもんじゃない?
一旦は諦めたフリをして、「えいっ」とスケッチブックを奪い取った。
慌てて燈馬君が取り返そうとするけど、ふふん、私に運動神経で勝てると思ってるの?
燈馬君が取り返すことを諦めたのを見て、スケッチブックを開く。
どれどれ。
最初のうちはフルーツや置物なんかの静物、それが石膏像になって、やがてグラウンドでやってる部活の様子になって。
単体だったものに背景もついたりして、上達ぶりがよくわかる。
もともと素質があったのか、それとも頭がいい分コツをつかむのが早いのか。
へー、なかなか上手いじゃん。
ペラペラとページをめくっていた手がふと止まった。
……さっきの子だ。
慌てて次のページをめくる。
――次も。その次も。
カンバスに向かっているところや、窓辺にもたれて外を見ているところ、これは……話しているところ?
……何気ない表情まで描いてるんだ。
それ以上見たくなくて、スケッチブックを閉じる。
燈馬君に返しながら何気なくを装って聞いてみた。
「さっきの、美術室にいた子、誰? 友達?」
うう、顔がひきつる。
「違うクラスの人なんですが、体が弱くて休みがちなんだそうです。美術は出席日数が足りなくて課題が出ているとかで、最近、美術室でよく会うんですよ」
「……へえ」
そんなことぐらいでアンタから挨拶するほど仲良くなったわけ?
今までだったら、いてもいなくても関わんなかったでしょ。
ましてや、絵を描くなんて。
「水原さん、どうしました? 顔がコワイですよ」
――どかっ!
「コワイ」って何よ!
燈馬君が涙を浮かべているけど、そんなの知らない!
「急に機嫌が悪くなりましたね……。あ、水原さん」
「何よっ!」
「アイス、食べませんか?」
燈馬君の指差す方を見ると、公園にアイスのパラソルが出ている。
「おごりますよ」
その邪気のない笑顔に力が抜けた。
「……食べる」
「じゃ、ちょっと待っててくださいね」
そう言って、パラソルへ走っていく。
表情や動きが、何だか犬っぽい。こんな燈馬君、久しぶりに見た気がする。
「はい、水原さん」
――あ、私の好きなバニラだ。
燈馬君はチョコを食べてる。
「機嫌、直りましたか?」
アイスに釣られたと思われるのもシャクだなあ。
そう思って黙っていると、燈馬君が顔を覗き込んでくる。
「まだダメですか」
じゃあ次は、なんてぶつぶつ言ってる。
――何かおっかしいの。燈馬君が、私の機嫌を直そうとしてくれてる。
「今度、モデルしてあげよっか」
「いえ、それは」
……何ですって?
せっかく気を良くしてたのに、またムカっ腹が立ってきた。
私の顔が変わったのに気づいたのか、燈馬君が慌てたように言う。
「あ、そうじゃなくて! その……人物画はまだ練習中なもので……もっと上手くなったら水原さんを描きたいなと」
とっさに上手い嘘ついてんじゃないわよ。
燈馬君を睨むと、うわ、首まで真っ赤っか!
面白くて、耳をひっぱってみた。
「そうなの?」
「いずれお願いしようと思っていたのに……どうしてあなたはそう……」
さらに赤くなって文句言ってる。
ふふーん、そんな顔で何言ったって、怖くないもん。
――そっか。あの子の絵は、練習のために描いてたんだ。なーんだ。
本当は、あの子と2人きりになるのもあの子を描くのもやめて欲しいけど、そんなこと言える仲じゃないしね。
今回は「私を描くため」ってことで、カンベンしといてあげるわ。
ね? 燈馬君。
「水原さん! 耳、痛いです!」
□あとがき□
この2人、これでホントにつき合ってないんでしょうか(お前、自分で書いといて)。
先日のブログで女性のお尻(しかも裸)のことを書いたのですが、そこから思いついたネタです(笑)。
さすがにヌードなんて有り得ないだろうけど、燈馬君が女の子を描いてるよ、可奈ちゃんヤキモチ妬いちゃえって。
ところで、咲坂高校には美術部ってないんですかねえ。
あってもクラブに所属しない方が燈馬君らしい気もしますが。
私が部活で遅くなるときは屋上で過ごして昇降口で待ち合わせ、が多かったのに、最近は美術室にいたり、校庭に出てあれこれ写生したりしている。
時間を忘れて描いてるみたい。
少しは体動かした方がいいと思うんだけどねー。
ま、夢中になれることがあるってのは、いいことか。
「燈馬君、お待たせ!」
帰り支度をして美術室のドアを開けると、案の定、燈馬君がカンバスに向かっていた。
ただ1つ、いつもと違うこと……私の知らない、女の子がいた。
「あ、水原さん、お疲れ様です。今、道具片付けますね」
笑顔を見せてくれる燈馬君。
「あ……うん」
そうだよ、ここは美術室なんだから。
他の人がいたって当たり前のことじゃん。
「お待たせしました。帰りましょうか」
道具などを片付け終わった燈馬君は、戸口で振り返った。
「お先に。また明日」
驚いた私の眼に、嬉しそうに頷く少女が映った。
帰り道。
燈馬君は、右手にカバンと、スケッチブックを持っている。
ふと、最近は何を描いているのか興味が沸いた。
「ね、スケッチブック見せてよ」
「え。まだあんまり上手くないので、ちょっと……」
「えー、ダメなの?」
ダメだと言われると見たくなるのが人情ってもんじゃない?
一旦は諦めたフリをして、「えいっ」とスケッチブックを奪い取った。
慌てて燈馬君が取り返そうとするけど、ふふん、私に運動神経で勝てると思ってるの?
燈馬君が取り返すことを諦めたのを見て、スケッチブックを開く。
どれどれ。
最初のうちはフルーツや置物なんかの静物、それが石膏像になって、やがてグラウンドでやってる部活の様子になって。
単体だったものに背景もついたりして、上達ぶりがよくわかる。
もともと素質があったのか、それとも頭がいい分コツをつかむのが早いのか。
へー、なかなか上手いじゃん。
ペラペラとページをめくっていた手がふと止まった。
……さっきの子だ。
慌てて次のページをめくる。
――次も。その次も。
カンバスに向かっているところや、窓辺にもたれて外を見ているところ、これは……話しているところ?
……何気ない表情まで描いてるんだ。
それ以上見たくなくて、スケッチブックを閉じる。
燈馬君に返しながら何気なくを装って聞いてみた。
「さっきの、美術室にいた子、誰? 友達?」
うう、顔がひきつる。
「違うクラスの人なんですが、体が弱くて休みがちなんだそうです。美術は出席日数が足りなくて課題が出ているとかで、最近、美術室でよく会うんですよ」
「……へえ」
そんなことぐらいでアンタから挨拶するほど仲良くなったわけ?
今までだったら、いてもいなくても関わんなかったでしょ。
ましてや、絵を描くなんて。
「水原さん、どうしました? 顔がコワイですよ」
――どかっ!
「コワイ」って何よ!
燈馬君が涙を浮かべているけど、そんなの知らない!
「急に機嫌が悪くなりましたね……。あ、水原さん」
「何よっ!」
「アイス、食べませんか?」
燈馬君の指差す方を見ると、公園にアイスのパラソルが出ている。
「おごりますよ」
その邪気のない笑顔に力が抜けた。
「……食べる」
「じゃ、ちょっと待っててくださいね」
そう言って、パラソルへ走っていく。
表情や動きが、何だか犬っぽい。こんな燈馬君、久しぶりに見た気がする。
「はい、水原さん」
――あ、私の好きなバニラだ。
燈馬君はチョコを食べてる。
「機嫌、直りましたか?」
アイスに釣られたと思われるのもシャクだなあ。
そう思って黙っていると、燈馬君が顔を覗き込んでくる。
「まだダメですか」
じゃあ次は、なんてぶつぶつ言ってる。
――何かおっかしいの。燈馬君が、私の機嫌を直そうとしてくれてる。
「今度、モデルしてあげよっか」
「いえ、それは」
……何ですって?
せっかく気を良くしてたのに、またムカっ腹が立ってきた。
私の顔が変わったのに気づいたのか、燈馬君が慌てたように言う。
「あ、そうじゃなくて! その……人物画はまだ練習中なもので……もっと上手くなったら水原さんを描きたいなと」
とっさに上手い嘘ついてんじゃないわよ。
燈馬君を睨むと、うわ、首まで真っ赤っか!
面白くて、耳をひっぱってみた。
「そうなの?」
「いずれお願いしようと思っていたのに……どうしてあなたはそう……」
さらに赤くなって文句言ってる。
ふふーん、そんな顔で何言ったって、怖くないもん。
――そっか。あの子の絵は、練習のために描いてたんだ。なーんだ。
本当は、あの子と2人きりになるのもあの子を描くのもやめて欲しいけど、そんなこと言える仲じゃないしね。
今回は「私を描くため」ってことで、カンベンしといてあげるわ。
ね? 燈馬君。
「水原さん! 耳、痛いです!」
□あとがき□
この2人、これでホントにつき合ってないんでしょうか(お前、自分で書いといて)。
先日のブログで女性のお尻(しかも裸)のことを書いたのですが、そこから思いついたネタです(笑)。
さすがにヌードなんて有り得ないだろうけど、燈馬君が女の子を描いてるよ、可奈ちゃんヤキモチ妬いちゃえって。
ところで、咲坂高校には美術部ってないんですかねえ。
あってもクラブに所属しない方が燈馬君らしい気もしますが。
Word-可奈編-
- 2012/12/30 (Sun)
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「水原警部は理由なく人を疑いません」
――燈馬君からこの言葉を聞くのは2度目だ。
燈馬君はいつも、父さんと、そして私を助けてくれる。
私の父さんは刑事だ。
それは誇りに思っているけれど、小さい頃はずいぶん嫌味を言われたっけな。
ちょっとケンカすると「刑事の娘が暴力ふるっていいのか」とか、事件が報道されると「早く犯人捕まえろ」とかさ。
ま、そんなことを言われて黙っている性格でもないんだけど。
燈馬君と出会ってから、父さんの仕事が身近になった。
今までは、どんな事件に関わっているとか少し話を聞くだけだったのが、実際に事件に関わるようにもなったりして。
燈馬君はバカだけど、途方もなく頭がいい。
父さんが犯人を間違えたときや捜査に行き詰ったとき、何度も助けてもらった。
他の人だったら「警察は何やってんだ」と言われても仕方がないことなのに、燈馬君からそんな言葉は聞いたことがない。
逆に、父さんや私を信用してくれていると思う。
それが、何だかとても嬉しい。
HRで、進路希望の用紙が配られた。
それをもとに、三者面談を行うという。
進路か……まだ具体的に決めてはいないけど、何となく、刑事とか体育の先生とか向いてるのかな、なんて思ったりする。
大学に進学することになるだろうけど、私の学力じゃ受験が大変なのは目に見えているから、スポーツ推薦が取れたらいいな。
部活、頑張らなきゃな。
――そういえば、燈馬君は、高校を卒業したらどうするんだろう? ……アメリカに帰っちゃうのかな……?
放課後。
燈馬君に進路はどうするのか聞いてみた。
すると、まだ決めてないとの返事。
じゃあ、まだアメリカに帰ると決まったわけじゃないんだ。良かった。
――ん? 良かった? 何で?
自分の中の不思議な感情に驚いていると、燈馬君から進路をどうするのか聞かれた。
刑事か先生を考えていると答えて――そうだ! 燈馬君も先生になったらいいじゃん!
そう言うと、燈馬君は目を真ん丸にした。
そんなにびっくりすることかな? 向いてると思うんだけど。
文句言ってばっかりの私にもちゃんと勉強教えてくれるし、難しい話もわかりやすいように説明してくれるし。
わからないことの方が多いけど、それは私の頭の容量の問題だと思う――って、何を言わせるのよ。
そしたら、教員免許がないとか何とか言ってる。
燈馬君は勉強はできるのに、バカだと思うのはこういうところだ。
なければ取ればいいでしょ。
日本の大学に進学したら、卒業しても日本に留まることが確定するわけだし。
一緒の大学は無理だろうけどね。
スポーツ推薦を考えていると言った私に、返ってきた答えは
「推薦だと、テストが赤点でも大丈夫なんですか?」
――ドコッ!
――燈馬君のおバカなところがもう1つ。一言多い!
その日、燈馬君を夕食に招待した。
変な遠慮をするから、代わりに宿題を教えてもらうことにして。
ほんっとーに教えてくれるだけで、やってくれないところがケチなんだけどね!
それ以来、テスト期間以外にも勉強を教えてもらうことが増えた。
場所は、私の家だったり、燈馬くんのマンションだったり、図書館だったり。
成績も少しずつだけど上がってきた。
やっぱり、先生向いてるよ!
今度、進路の話が出たら、もう1度勧めてみよう。
そんなことを思いながら、宿題のノートを閉じた。
□あとがき□
可奈ちゃん大丈夫、あなたが日本にいる限り、燈馬君は日本を出ません!(注:あくまでもはるき設定です)
いつの間にか-想編-の可奈ちゃんverに…「対になってるけど違う話」を書いていたはずなのにな。
――燈馬君からこの言葉を聞くのは2度目だ。
燈馬君はいつも、父さんと、そして私を助けてくれる。
私の父さんは刑事だ。
それは誇りに思っているけれど、小さい頃はずいぶん嫌味を言われたっけな。
ちょっとケンカすると「刑事の娘が暴力ふるっていいのか」とか、事件が報道されると「早く犯人捕まえろ」とかさ。
ま、そんなことを言われて黙っている性格でもないんだけど。
燈馬君と出会ってから、父さんの仕事が身近になった。
今までは、どんな事件に関わっているとか少し話を聞くだけだったのが、実際に事件に関わるようにもなったりして。
燈馬君はバカだけど、途方もなく頭がいい。
父さんが犯人を間違えたときや捜査に行き詰ったとき、何度も助けてもらった。
他の人だったら「警察は何やってんだ」と言われても仕方がないことなのに、燈馬君からそんな言葉は聞いたことがない。
逆に、父さんや私を信用してくれていると思う。
それが、何だかとても嬉しい。
HRで、進路希望の用紙が配られた。
それをもとに、三者面談を行うという。
進路か……まだ具体的に決めてはいないけど、何となく、刑事とか体育の先生とか向いてるのかな、なんて思ったりする。
大学に進学することになるだろうけど、私の学力じゃ受験が大変なのは目に見えているから、スポーツ推薦が取れたらいいな。
部活、頑張らなきゃな。
――そういえば、燈馬君は、高校を卒業したらどうするんだろう? ……アメリカに帰っちゃうのかな……?
放課後。
燈馬君に進路はどうするのか聞いてみた。
すると、まだ決めてないとの返事。
じゃあ、まだアメリカに帰ると決まったわけじゃないんだ。良かった。
――ん? 良かった? 何で?
自分の中の不思議な感情に驚いていると、燈馬君から進路をどうするのか聞かれた。
刑事か先生を考えていると答えて――そうだ! 燈馬君も先生になったらいいじゃん!
そう言うと、燈馬君は目を真ん丸にした。
そんなにびっくりすることかな? 向いてると思うんだけど。
文句言ってばっかりの私にもちゃんと勉強教えてくれるし、難しい話もわかりやすいように説明してくれるし。
わからないことの方が多いけど、それは私の頭の容量の問題だと思う――って、何を言わせるのよ。
そしたら、教員免許がないとか何とか言ってる。
燈馬君は勉強はできるのに、バカだと思うのはこういうところだ。
なければ取ればいいでしょ。
日本の大学に進学したら、卒業しても日本に留まることが確定するわけだし。
一緒の大学は無理だろうけどね。
スポーツ推薦を考えていると言った私に、返ってきた答えは
「推薦だと、テストが赤点でも大丈夫なんですか?」
――ドコッ!
――燈馬君のおバカなところがもう1つ。一言多い!
その日、燈馬君を夕食に招待した。
変な遠慮をするから、代わりに宿題を教えてもらうことにして。
ほんっとーに教えてくれるだけで、やってくれないところがケチなんだけどね!
それ以来、テスト期間以外にも勉強を教えてもらうことが増えた。
場所は、私の家だったり、燈馬くんのマンションだったり、図書館だったり。
成績も少しずつだけど上がってきた。
やっぱり、先生向いてるよ!
今度、進路の話が出たら、もう1度勧めてみよう。
そんなことを思いながら、宿題のノートを閉じた。
□あとがき□
可奈ちゃん大丈夫、あなたが日本にいる限り、燈馬君は日本を出ません!(注:あくまでもはるき設定です)
いつの間にか-想編-の可奈ちゃんverに…「対になってるけど違う話」を書いていたはずなのにな。
Word-想編-
- 2012/12/30 (Sun)
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「バカじゃないの!?」
――何年ぶりに聞いた言葉だろうか――。
幼い頃から「天才だ」「神童だ」と言われてきた。
――それが、賛辞であれ皮肉であれ。
初めて「バカ」と言われたのは、ハイスクールにいたときだ。
侮蔑する言葉のはずなのに、とても親しみを感じた。
MITに進学して友達もできたが、そこでは聞かなかった。
そして日本。
今またここで聞くとは思ってもみなかった。
目の前にいる彼女、水原さんに言わせると、僕は究極のバカらしい。
HRで、進路希望の用紙が配られた。
それをもとに三者面談を行うという。
進路……何も考えてない。
しかも、三者面談――あの両親を学校に?
……連れてくる自信がない。
とりあえず、三者面談は二者にしてもらわないと、と思っていると、先生と目が合った。
「燈馬、君はいいから。必要ないだろ?」
「あ……はい」
そう言って、先生は教室を出ていった。
「燈馬君は、進路どうするの?」
帰り道。
隣を歩く水原さんが聞いてきた。
先生も興味のないことなのに、変わった人だと思う。
「まだ決めてなくて。水原さんは、どうするんですか?」
「私もまだ決めてない。けど、とりあえず進学かな。何となく刑事とか体育の先生とかいいかなー、なんて」
それは是非、教師を勧めたい。
刑事は24時間勤務の上に危険だということもあるけれど、水原さんのような人が教師だったら、「自分は孤独だった」ということすら気づかなかった僕のような人間はいなくなるかもしれない。
「燈馬君も、先生になったらいいのに」
「は?」
教師? 僕が?
意外すぎる意見に目を丸くする僕を、水原さんは不思議そうに見る。
「向いてると思うよ? 何でも知ってるし、私に根気良く勉強教えてくれるし。わけのわかんない数学の話だって、わかりやすいように説明してくれるし。まあ、ほとんど理解できてないんだけどね~」
水原さんは笑うが、それではダメなのでは。
「それか、塾の先生とか。MIT出の塾講師なんて、なかなかいないんじゃない? 勉強できすぎて周りから理解されない子たちのこともわかってあげられるじゃない」
「はあ。でも僕、教員免許ないですよ? 私立学校の講師や塾講師でも教員免許のない人間を採用するところは少ないんじゃないかと……」
「あんた、バカねえ」
あ、また。
「何も高校卒業してすぐならなくてもいいのよ。大学ももう1回行ったらいいじゃない」
「そう……ですね」
「私はやっぱ、スポーツ推薦狙いかなあ」
「推薦だと、テストが赤点でも大丈夫なんですか?」
――ドコッ!
「『口は災いの元』って知ってる? 今度言ったら殴るよ」
「……殴ってから言わないでください……」
後頭部をさすりながら涙目で抗議するも、水原さんの話題はもう次へと移っていた。
「まあ、いいや。それよりもさ、おすそ分けで高級和牛もらったの。今日は焼肉だよ。燈馬君も食べてきなよ」
「でも、そんなにしょっちゅうご馳走になるわけには」
「バカね、何遠慮してんのよ。あ、じゃあ、こうしよう。燈馬君、今日出た宿題教えてよ」
「教えるだけですよ。ちゃんと自分でやらなきゃダメですよ」
「ケチ」
「何か言いましたか?」
「べっつに~」
――水原さんとの掛け合いは楽しい。
いつも論理も論法もまるで無視で、予想不可能な展開をするのに。
彼女は、あと何度「バカ」と言ってくれるだろうか?
ふと気づいて、笑いがもれた。
「バカと言って欲しい」なんて、自分もやはり変わっているのかもしれない。
「何よ。思い出し笑い? 思い出し笑いする人はスケベなんだよ」
「どんな根拠があるんですか!」
それ以来、テスト期間以外にも水原さんに勉強を教えるようになった。
――同じ大学に進めば、これからも水原さんの「バカ」が聞ける。
そんなヨコシマなことを考えながら、今日も美味しいご飯をご馳走になっている。
□あとがき□
燈馬君にとって、「バカ」と言われるのは嬉しいことだと思うのです(まんまだよ)。
大阪人にとっての「アホ」みたいなもの?(大阪の方、違ったらごめんなさい・汗)
この後、「水原警部の決意」があるのです。
ところで、燈馬君のことを「バカ」というのは可奈ちゃんだけかと思っていたら、胡さんも言ってたんですよね~。
慌てて書き直しました。
他の人も言ってたら……見逃してください(逃)。
――何年ぶりに聞いた言葉だろうか――。
幼い頃から「天才だ」「神童だ」と言われてきた。
――それが、賛辞であれ皮肉であれ。
初めて「バカ」と言われたのは、ハイスクールにいたときだ。
侮蔑する言葉のはずなのに、とても親しみを感じた。
MITに進学して友達もできたが、そこでは聞かなかった。
そして日本。
今またここで聞くとは思ってもみなかった。
目の前にいる彼女、水原さんに言わせると、僕は究極のバカらしい。
HRで、進路希望の用紙が配られた。
それをもとに三者面談を行うという。
進路……何も考えてない。
しかも、三者面談――あの両親を学校に?
……連れてくる自信がない。
とりあえず、三者面談は二者にしてもらわないと、と思っていると、先生と目が合った。
「燈馬、君はいいから。必要ないだろ?」
「あ……はい」
そう言って、先生は教室を出ていった。
「燈馬君は、進路どうするの?」
帰り道。
隣を歩く水原さんが聞いてきた。
先生も興味のないことなのに、変わった人だと思う。
「まだ決めてなくて。水原さんは、どうするんですか?」
「私もまだ決めてない。けど、とりあえず進学かな。何となく刑事とか体育の先生とかいいかなー、なんて」
それは是非、教師を勧めたい。
刑事は24時間勤務の上に危険だということもあるけれど、水原さんのような人が教師だったら、「自分は孤独だった」ということすら気づかなかった僕のような人間はいなくなるかもしれない。
「燈馬君も、先生になったらいいのに」
「は?」
教師? 僕が?
意外すぎる意見に目を丸くする僕を、水原さんは不思議そうに見る。
「向いてると思うよ? 何でも知ってるし、私に根気良く勉強教えてくれるし。わけのわかんない数学の話だって、わかりやすいように説明してくれるし。まあ、ほとんど理解できてないんだけどね~」
水原さんは笑うが、それではダメなのでは。
「それか、塾の先生とか。MIT出の塾講師なんて、なかなかいないんじゃない? 勉強できすぎて周りから理解されない子たちのこともわかってあげられるじゃない」
「はあ。でも僕、教員免許ないですよ? 私立学校の講師や塾講師でも教員免許のない人間を採用するところは少ないんじゃないかと……」
「あんた、バカねえ」
あ、また。
「何も高校卒業してすぐならなくてもいいのよ。大学ももう1回行ったらいいじゃない」
「そう……ですね」
「私はやっぱ、スポーツ推薦狙いかなあ」
「推薦だと、テストが赤点でも大丈夫なんですか?」
――ドコッ!
「『口は災いの元』って知ってる? 今度言ったら殴るよ」
「……殴ってから言わないでください……」
後頭部をさすりながら涙目で抗議するも、水原さんの話題はもう次へと移っていた。
「まあ、いいや。それよりもさ、おすそ分けで高級和牛もらったの。今日は焼肉だよ。燈馬君も食べてきなよ」
「でも、そんなにしょっちゅうご馳走になるわけには」
「バカね、何遠慮してんのよ。あ、じゃあ、こうしよう。燈馬君、今日出た宿題教えてよ」
「教えるだけですよ。ちゃんと自分でやらなきゃダメですよ」
「ケチ」
「何か言いましたか?」
「べっつに~」
――水原さんとの掛け合いは楽しい。
いつも論理も論法もまるで無視で、予想不可能な展開をするのに。
彼女は、あと何度「バカ」と言ってくれるだろうか?
ふと気づいて、笑いがもれた。
「バカと言って欲しい」なんて、自分もやはり変わっているのかもしれない。
「何よ。思い出し笑い? 思い出し笑いする人はスケベなんだよ」
「どんな根拠があるんですか!」
それ以来、テスト期間以外にも水原さんに勉強を教えるようになった。
――同じ大学に進めば、これからも水原さんの「バカ」が聞ける。
そんなヨコシマなことを考えながら、今日も美味しいご飯をご馳走になっている。
□あとがき□
燈馬君にとって、「バカ」と言われるのは嬉しいことだと思うのです(まんまだよ)。
大阪人にとっての「アホ」みたいなもの?(大阪の方、違ったらごめんなさい・汗)
この後、「水原警部の決意」があるのです。
ところで、燈馬君のことを「バカ」というのは可奈ちゃんだけかと思っていたら、胡さんも言ってたんですよね~。
慌てて書き直しました。
他の人も言ってたら……見逃してください(逃)。
水原警部の決意
- 2012/12/30 (Sun)
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珍しく早く帰った水原は、玄関に男物の靴を見つけた。
以前なら血相を変えて娘の部屋へ乗り込んだものだが、この靴には見覚えがある。
「また燈馬君が来てるのか」
妻に向けた言葉は、聞くというよりも確認だった。
「ここのところ、ちょくちょく来てくれるのよ。これで可奈の受験も安心ね。――もうすぐ夕食できるから、2人を呼んできてちょうだい」
妻は夕食の用意をしながらそんなことを言う。
水原からすれば、ずいぶん能天気だと思う。
年頃の、若い男女が2人きりでいるのに。
――燈馬は安易に行動する人間ではない。
もし、可奈と燈馬が「そういう関係」になっていたとしても、好奇心や一時の激情だけでの行動ではないと断言できる。
そう信じられる男に娘が出会ったことは、父親として幸運なことだろう。
が、燈馬が真面目で思慮深いからこそ、水原は不安に思うことがあった。
夕食後、水原は帰宅する燈馬と一緒に家を出て、近くにある公園に燈馬を誘った。
2人してベンチに座り、星空を見上げている燈馬を見る。
出会った頃よりも、男らしい顔つきになった――心なしか、体格も多少は良くなったように見える。
それでもまだまだ可奈の方が強いのだろうが。
水原はすぐかっとなる娘に少し苦笑して、口を開いた。
「……君は、その気になれば、大富豪になれるそうだな」
燈馬は無言で次の言葉を待つ。
「オレは、可奈が可愛い。しかし、甘やかしてきた覚えはないし、これからもそのつもりはない。
お世辞にも勉強ができるとは言えん可奈が進学して職に就くことは、君から見たら無駄なことに見えるかもしれん。
だがオレは、可奈には社会経験をさせるべきだと思っとる」
燈馬は頷く。
「君は、卒業したらどうするんだ? アメリカに帰るのか?」
「いえ、まだどうするか決めていなくて……先生も、僕には進路指導する気はないようで。
でもMITに戻る気はありませんし、今のところ、日本を出る予定はありません」
「そうか。ゆっくり考えたらいい。君は同い年の子たちが今から経験することをすでに経験ずみなんだから、みんなが追いついてくるまで時間はたっぷりある。
……可奈はどうするのかな。燈馬君、何か聞いてるか?」
「い、いえ……」
――聞いているのか。
水原の表情から察してか、燈馬が慌てたように言う。
「そのうち、水原さんから話があると思いますよ。希望を聞いたら、警部もきっと喜ぶと思います」
「そうか」
しばらく沈黙した後、水原は大きく息を吸って、吐いた。
「……あの子は、俺の宝物なんだ……」
「水原警部……」
顔を上げた水原の目に映ったのは、燈馬の困ったような笑顔だった。
「僕にとっても、水原さんは宝物ですよ」
翌朝。
「おはようございます、水原さん」
「おはよう!」
可奈は、燈馬を見ると駆け寄った。
「昨日、父さんと何かあったの? 父さん、ちょっと出てくる、なんて言って帰り遅かったし」
「ええと、それは……」
燈馬はあさっての方向を向いた。
――燈馬にとっても、ずいぶん照れくさい話だったのだ。
「さ……さあ? しばらく一緒に歩いて、すぐに別れましたけど?」
「あ、その顔、何かあったな。この可奈ちゃんに隠し事なんて、100年早い!」
可奈はそう言ってヘッドロックをかけてくる。
「わわっ、そ、それよりも、数学の宿題ちゃんとやりましたか? 1限ですよ」
「あ、そうだった。早くガッコ行こ! で、写させてね」
話を逸らすと、可奈は何もなかったかのように腕を解いて走りだした。
燈馬もその後を追いかける。
――昨日、水原と交わした約束、それは「可奈を日本に住まわせること」。
この先、燈馬と可奈が結婚することになったなら、それだけが条件だ、と水原は言った。
当人同士が気持ちを打ち明けていない今の状態で、ずいぶん気の早い話だと思う。
けれど、水原が可奈のパートナーとして自分を認めてくれたことが誇らしかった。
「燈馬君、早く! チャイムが鳴っちゃうよ!」
「待ってくださいよ!」
軽快に動く可奈の長い髪を見ながら燈馬は願った。
ずっと可奈と、そして水原と共にいられますように、と――。
□あとがき□
とりあえず、婿と舅の問題はクリアということで。
けど、いざ「可奈さんを僕にください」とか挨拶に行ったら、水原警部は納得しつつも燈馬君を殴りそうだ。
そして結婚式では号泣(笑)。
今回は水原警部視点なので「想」ではなく「燈馬」で書いてみました。
以前なら血相を変えて娘の部屋へ乗り込んだものだが、この靴には見覚えがある。
「また燈馬君が来てるのか」
妻に向けた言葉は、聞くというよりも確認だった。
「ここのところ、ちょくちょく来てくれるのよ。これで可奈の受験も安心ね。――もうすぐ夕食できるから、2人を呼んできてちょうだい」
妻は夕食の用意をしながらそんなことを言う。
水原からすれば、ずいぶん能天気だと思う。
年頃の、若い男女が2人きりでいるのに。
――燈馬は安易に行動する人間ではない。
もし、可奈と燈馬が「そういう関係」になっていたとしても、好奇心や一時の激情だけでの行動ではないと断言できる。
そう信じられる男に娘が出会ったことは、父親として幸運なことだろう。
が、燈馬が真面目で思慮深いからこそ、水原は不安に思うことがあった。
夕食後、水原は帰宅する燈馬と一緒に家を出て、近くにある公園に燈馬を誘った。
2人してベンチに座り、星空を見上げている燈馬を見る。
出会った頃よりも、男らしい顔つきになった――心なしか、体格も多少は良くなったように見える。
それでもまだまだ可奈の方が強いのだろうが。
水原はすぐかっとなる娘に少し苦笑して、口を開いた。
「……君は、その気になれば、大富豪になれるそうだな」
燈馬は無言で次の言葉を待つ。
「オレは、可奈が可愛い。しかし、甘やかしてきた覚えはないし、これからもそのつもりはない。
お世辞にも勉強ができるとは言えん可奈が進学して職に就くことは、君から見たら無駄なことに見えるかもしれん。
だがオレは、可奈には社会経験をさせるべきだと思っとる」
燈馬は頷く。
「君は、卒業したらどうするんだ? アメリカに帰るのか?」
「いえ、まだどうするか決めていなくて……先生も、僕には進路指導する気はないようで。
でもMITに戻る気はありませんし、今のところ、日本を出る予定はありません」
「そうか。ゆっくり考えたらいい。君は同い年の子たちが今から経験することをすでに経験ずみなんだから、みんなが追いついてくるまで時間はたっぷりある。
……可奈はどうするのかな。燈馬君、何か聞いてるか?」
「い、いえ……」
――聞いているのか。
水原の表情から察してか、燈馬が慌てたように言う。
「そのうち、水原さんから話があると思いますよ。希望を聞いたら、警部もきっと喜ぶと思います」
「そうか」
しばらく沈黙した後、水原は大きく息を吸って、吐いた。
「……あの子は、俺の宝物なんだ……」
「水原警部……」
顔を上げた水原の目に映ったのは、燈馬の困ったような笑顔だった。
「僕にとっても、水原さんは宝物ですよ」
翌朝。
「おはようございます、水原さん」
「おはよう!」
可奈は、燈馬を見ると駆け寄った。
「昨日、父さんと何かあったの? 父さん、ちょっと出てくる、なんて言って帰り遅かったし」
「ええと、それは……」
燈馬はあさっての方向を向いた。
――燈馬にとっても、ずいぶん照れくさい話だったのだ。
「さ……さあ? しばらく一緒に歩いて、すぐに別れましたけど?」
「あ、その顔、何かあったな。この可奈ちゃんに隠し事なんて、100年早い!」
可奈はそう言ってヘッドロックをかけてくる。
「わわっ、そ、それよりも、数学の宿題ちゃんとやりましたか? 1限ですよ」
「あ、そうだった。早くガッコ行こ! で、写させてね」
話を逸らすと、可奈は何もなかったかのように腕を解いて走りだした。
燈馬もその後を追いかける。
――昨日、水原と交わした約束、それは「可奈を日本に住まわせること」。
この先、燈馬と可奈が結婚することになったなら、それだけが条件だ、と水原は言った。
当人同士が気持ちを打ち明けていない今の状態で、ずいぶん気の早い話だと思う。
けれど、水原が可奈のパートナーとして自分を認めてくれたことが誇らしかった。
「燈馬君、早く! チャイムが鳴っちゃうよ!」
「待ってくださいよ!」
軽快に動く可奈の長い髪を見ながら燈馬は願った。
ずっと可奈と、そして水原と共にいられますように、と――。
□あとがき□
とりあえず、婿と舅の問題はクリアということで。
けど、いざ「可奈さんを僕にください」とか挨拶に行ったら、水原警部は納得しつつも燈馬君を殴りそうだ。
そして結婚式では号泣(笑)。
今回は水原警部視点なので「想」ではなく「燈馬」で書いてみました。
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