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たちばな庵

二次創作メインのブログです。 男女CPオンリー。 ご注意ください。

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ナツと彼女と海と

 Pipipipipi……。
 想の携帯が鳴った。
「出ないの? あ、私、部屋から出たほうがいい?」
 可奈が、うつ伏せに寝そべっている想に携帯を差し出す。
 想は可奈から携帯を受け取り、送信者を見るとため息をついて着信ボタンを押した。


「――もしもし?」
『燈馬っ! 何でメールの返信寄こさないんだよ! 大至急ってあれだけ書いたろ!?』
 想は相手の声の大きさに、耳から電話を離した。
「メール? ごめん。昨日から伊豆に来ていて、家にいないんだ」
『IZU?』
「日本にある海水浴場だよ。温泉もあるけど。箱根はわかる?」
『海水浴? 燈馬が!?』
 送信者はMITに通っていたときの友人だが、いつもリアクションがオーバーだ。
 だからいつもはいちいち気にしないが、あまりの驚かれように想は苦笑する。
「そんなに意外かな」
『意外どころか、有り得ねーだろ! ……あ、もしかして、ロキが言ってたことはほんとか?』
「……ロキが、何だって?」
『燈馬に、えらい可愛い彼女がいるって! お前、いつの間に!? お前に彼女がいて俺がフリーってどういうことだよ!』
「知らないよ。それに、別に2人で来ているわけじゃないよ。クラスメイト何人かで来てるんだ」
『クラスメイトと旅行! お前が!?』
「用件は? 急ぎなんだろ?」
『ああ、そうそう、それそれ!』
 このまま脱線が進めば収拾がつかない。
 想は強引に話を戻した。
『取り寄せて欲しい論文があったんだよ。機関を通すと時間かかるから、お前に直接頼みたかったんだけど』
「相変わらずギリギリで動いてるんだ」
『さすが、わかってるね。帰宅はいつだ?』
「2日後……いや、もう少し延びると思う。いつ帰るか、まだわからない。他に手配できる人を紹介するから、そっちから連絡させるよ」
『悪いな』
 そう言って想は従兄弟の森羅に連絡を取り、論文の手配を頼んだ。


 可奈は通話を終えた想から携帯電話を受け取り、カバンに戻しながら尋ねた。
「延泊するの? そんなにここ、気に入った?」
「何言ってんですか!」
 想の大きな声に、可奈は首をすくめる。
「水原さんや他のみんなはあと2日楽しめるかもしれないけど、僕はここでずっと寝てなきゃいけないんですよ!? まだほとんど遊んでないのに! 誰のせいだと思ってんですか!」
「だってー、燈馬君、寝てるからさ、つい、イタズラ心で……」
「やっていいことと悪いことがあります!」
「ごめんって。こんなことになると思わなかったんだもん~。だからほら、こうやってタオル交換してるでしょ?」
「……日焼けというのは熱傷深度Ⅰ~Ⅱの状態、つまりヤケドと同じことなんですよ。程度は低くても範囲が広いから、下手をすると入院するほど危険な状態に陥ることもあるんです」
 ――想が寝そべって、可奈が甲斐甲斐しく世話を焼いているのには理由があった。
 砂浜のパラソルの下で本を読んでいた想がうたた寝したのをいいことに、可奈がパラソルを動かしてしまったのだ。
 可奈がそれを忘れて沖で遊んでいたため、想が起きた頃には数時間が過ぎていて、想の全身は真っ赤になって熱を持っていた。
 動くのも痛いくらいで、シャワーを浴びても染みる。
 それで可奈が、氷水で冷やしたタオルで想の体の熱をとっているのだ。
 因みに他のクラスメイトは、襖を隔てた隣の部屋でトランプをしている。
「え、まさか、燈馬君も明日から入院?」
「それはまだわかりません。吐き気や発熱があったら病院に行った方がいいでしょうけど……しばらく様子を見ます」
「じゃあ何で、帰る日がわからないって」
「そんなの決まってるじゃないですか。治るまでここにいて、伊豆の海を満喫するまで滞在するからです。完治する日がわからなければいつ満足するかもわかりませんから」
「でも、みんな帰っちゃうよ?」
「他の皆さんは予定通り帰京するでしょう。でも、水原さんは残ってくれますよね? そして当然、滞在にかかる費用は水原さん持ちです」
 可奈がぎょっとする。
「何で!」
「どの口がそんなこと言うんですか!」
「100歩譲って残るのは仕方ないとしても、そんなお金持ってないよ!」
「……100歩譲って、ですか」
 想は声のトーンを落とした。
「わかりました。水原さんも予定通り帰ってください」
「と、燈馬君?」
「タオルの交換も、もういいです。皆さんとトランプを楽しんできてください」
「だってしょうがないじゃん! そんなにお小遣いないし、バイトする時間もなかったし」
「お金の問題じゃないです。多少なりとも罪悪感があれば『100歩譲って』なんて言葉、出ませんよ」
「う……。ご、ごめんなさい……」
「何ですか? 聞こえませんよ」
「ごめんなさい」
 正座をしてうな垂れる可奈に、想はようやく笑顔を向ける。
「では水原さん。シャーベットが食べたいので買ってきてください。財布はカバンの外ポケットに入ってます」
「わ、わかった」
 可奈は想の財布を手にし、部屋を出て行った。


 さて、そんな2人のやりとりをこっそり見ている者がいた。
 正確には「者たち」――そう、同行したクラスメイトだ。
 想に気づかれないようにそっと襖を閉めながら、誰からともなく口を開く。
「……すげー。アイツ、水原にパシリさせたぞ」
「あの可奈が、あんな顔で謝るなんて」
「見た? 燈馬君のあの満足そうな顔!」
「確信犯だな、あれは」
 全員一致で頷く。
「つーかさー、ここに2人残るって話でまとまったわけだけど、最初っからほとんど別行動だったじゃん!」
「私ら、明らかに2人の眼中になかった感じよねー」
「でも、ま、それもいつものことじゃねえ?」
「それもそっか」
「ねね、私らが帰った後、あの2人、一緒の部屋に泊まるのかなあ?」
「別じゃねえの?」
「案外、一緒かもよー」
「俺、同室に100円」
「いやいや、まだ別室だね。300円」
「――結果は誰が聞くの?」
「……私、やだ」
「俺だって嫌だよ、まだ死にたくねえよ」
「……じゃあ、この賭けは、なかったってことで」
 そして再び、全員一致で頷いたのだった。


□あとがき□
 「彼女」発言を否定しない燈馬君(笑)。
 燈馬君、当初は「孤独な天才少年」てイメージでしたが、実はけっこう友達多いですよね。
 
 それはさておき、2人が同室になったのか否かは皆様のご想像にお任せします~。

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