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たちばな庵

二次創作メインのブログです。 男女CPオンリー。 ご注意ください。

カテゴリー「キス早」の記事一覧

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鉄兵の夜泣き

「ブンちゃ、ブンちゃぁ~~~っ」
「どうしたの。あたしはここにいるよ、鉄兵」
 
 ――お願い、泣き止んで。
 私は鉄兵を強く抱きしめた。
 いや、胸に押し付けた、というのが正しいかもしれない。
 ――隣の部屋の先生に、鉄兵の泣き声が聞こえないように。

「鉄兵。抱っこしたげる」
 私は鉄兵を抱き上げた。
 勢いづけて揺するけれど、鉄兵ももう4歳。
 腕力に多少の自信があっても、正直キツい。
 私の腕と腰は、すぐに悲鳴を上げた。

 鉄兵は、揺さぶりが止まるとすぐにグズる。
 ダメだ。
 私は諦めて、外に出ることにした。

 真冬の寒空。
 夜中に鉄兵を外出させるなんて、かなり抵抗と不安を感じるけど仕方がない。

 私はパジャマを着替えて、鉄兵にはありったけの上着を着せる。
 と、カラリ、と襖が開いて、先生が顔を出した。

「鉄兵くん、ずいぶんグズってますね――文乃さん、何してるんですか?」
 先生がすっと真顔になる。
「ごっ、ごめん! 鉄兵、昼間に怖いことがあったから、ちょっと夜泣きがひどくって。
 いつもは寝つきいいし、ほんと、こんなこと滅多にないんだけど。うるさくしてごめんなさい」
 私は慌てて部屋から出ようとして――先生に腕をつかまれた。
「こんな時間にどこ行くんですか」
「鉄兵が落ち着くまで、外に行ってるから。先生、授業の準備してたんでしょう? 邪魔してごめんね」
 鉄兵を促すと、鉄兵は泣きながら「だっこ」と先生の方に手を伸ばす。
「鉄兵、先生の邪魔しないんだよ」
 さらに鉄兵の腕を引っ張ると、先生がひょい、と鉄兵を抱き上げた。
「外、何℃だと思ってるんですか。文乃さん、自分が何してるか、わかってますか?」

 私ができなくて困ってることをあっさりされた上、責めるように言われて、私はカッと頭に血が上った。
「じゃあ、どうしろっての!? あたしだって、こんな夜中に鉄兵を外出させたくないよ! けど、あたしの力じゃもう無理なの! 鉄兵はまだ4歳なんだから、夜泣きしたってしょうがないじゃんっ」
 一息に言って先生を睨みつけると、先生は私を真っ直ぐ見返した。
「何で、僕に言わないの?」

 ――一瞬、何を言われたのか、わからなかった。

「文乃さんには無理でも、僕には簡単にできるのに。何で僕に言わないの?」
「だって。迷惑……」
「迷惑なわけないでしょう! 僕らは『家族』になったんですよ。できないことを補い合わなくてどうするんですか」
「だ……って」
 ボロボロと涙が溢れて、言葉にならなかった。

 だって。
 ――両親が亡くなった後、鉄兵は夜泣きが続いた。急激な環境の変化と、周りの感情を敏感に察知していたからだと思う。
 厄介になっていた親戚の家では「うるさい」「イライラする」「泣き止ませろ」。そう言われてきた。
 だから、布団の中でずっと抱きしめて泣き声が外にもれないようにするか、外に出て鉄兵が泣き止むまであやすか――このどちらかしかなかった。
 それ以外の方法なんて……っ。

 先生がやさしい声で聞いてくる。
「昼間にあった『怖いこと』って?」
「……ほ……いくえんのっ、帰り道……っ、しん、ごう……無視の車……がっ」
 泣きながらつっかえつっかえ言うと、先生の目が見開かれた。
「突っ込んできたの!? ケガは? 病院行った? 何でもっと早く言わないの!?」
「――ほっ、他の車とぶつかりそうになって、勢いで電柱に突っ込んだの! 交差点の反対側だったから、あたしたちは見ただけっ」
 とんでもない誤解に私もびっくりして、涙が引っ込んだ。
「び……っくりしたあ~」
 先生が大きく息を吐いた。

 私は昼間のシーンを思い出して、ぎゅっと目をつぶった。
 ――耳をつんざくブレーキ音と、車が電柱にぶつかる衝撃音。
 車はボンネットがひしゃげて、フロントガラスが粉々で――。
 
 先生の大きな手が、私の頭にぽん、と置かれた。
「……ごめん、思い出させて」
 私がふるふると首を振ると、先生は私を覗き込んでふわりと笑った。
「文乃さん、笑って。鉄兵くんを安心させてあげてください?」

 ――ああ、そうか。

 私は笑顔を作って、鉄兵の頭を撫でた。
「バカね、鉄兵。あたしは何ともないよ」
 先生と一緒に、鉄兵を抱きしめる。
 鉄兵が、ぎゅっと私にしがみついた。
「ほら、元気でしょ? 大丈夫だから。ね?」
「……うん」
 鉄兵はやっと納得したのか、にこっと笑うと同時に寝息をたてた。
 
 鉄兵をそっと布団に入れて、ほっぺに残る涙の跡をぬぐった。
「お姉ちゃん失格だなあ……」

 ――交通事故を見た時、心配したのは鉄兵の夜泣きだった。
 鉄兵はいつも「良い子」だから、親戚の家にも受け入れられやすかった。
 けれど、おねしょすると露骨に嫌な顔をされたし、グズったりすると途端に「だから子どもは」と態度が変わることもあって。
 無意識のうちに、鉄兵の様子を伺ってた。
 最初にすべきなのは、鉄兵を安心させてあげることだったのに――。

「なーに言ってるんですか」
 先生は、私のおでこをつん、とつつく。
「君はよくやってる。君の愛情は、鉄兵くんにもちゃんと伝わってますよ。――でも」
 先生は私を抱きしめた。
「これからは、その役目を僕にも分けてください。
 僕は、君とだけ家族になったんじゃない。鉄兵くんも大事な僕の家族の一員なんですから」
「……うん」
 私も、先生にきゅっとしがみつく。

 私は何て幸せ者なんだろう――。

 感動したのも束の間、先生は私の首に顔をうずめて、にっこり笑った。

「わかってくれて良かったです。では、忘れないよう、痕をつけておきましょうね」
「さ……さいってー!!」


□あとがき□
 多分、先生に拾われてすぐのできごとでしょう。

 ……ていうか、誰か、タイトルをつけるセンスを下さい……orz

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8巻 記憶喪失後

「あたしのことも鉄兵のことも忘れるなんて、最っっ低っ!」
 夕方からずーっと。
 夕食の時もお風呂に入った後も、ずっと文乃さんは怒っている。
 抱きしめたときに「平べったい」と言ったことが原因ではないらしい。
 何と僕は、数時間だけ記憶喪失になっていたそうなのだ。

 そう言われてみれば、何だか頭がズキズキするような?
 けれど全く身に覚えがないから、曖昧に笑って謝るしかない。

 それにしても。
 高校生時代に戻っていたのか。
 それはちょっと……いや、かーなーり恥ずかしい。
「地獄のまーくん」とか言われてイキがってたときだもんなー。
 その姿を見せたくなくて卒業アルバムを死守しようとしたのにそれが頭に当たって記憶喪失なんて……本末転倒もいいところだ。

 これは、初の長期戦かなー……、なんて思いながら、何度めかの「ごめんなさい」を口にする。
 すると、文乃さんに抱っこされていた鉄兵くんが這い出てきて、僕の腕にしがみついた。
「ブンちゃ、そんなにおこっちゃダメ! まーくん、いつもとおんなじだったでしょ? ブンちゃにわらってって、いってたでしょ?」

 途端に、文乃さんの顔がぼっと赤くなる。

 ……ん? なぜここで赤くなる?
 何だか面白くなくて、文乃さんの肩に手を置くと、あからさまにビクリと反応した。
 視線を合わせようとすると、文乃さんはふんっ、と横を向いて、「先生は昔っから巨乳好きだったんだね! ごめんね、胸なくて!」と叫んだ。
 ――胸?
 何で高校時代の僕が、文乃さんの胸が小さいことを知ってるの?
「文乃さん」
 少し怒った声で呼ぶと、文乃さんがちらりとこちらを見た。
「な、何よ……怒ってるのはあたしの方なんだからね!」
「文乃さん。昼間の僕と何があったの?」
「え?」
「少なくとも、胸に触るような接触はあったってことだよね?」
 ――あ、嫌なことを思い出した。
「そういえば文乃さん、昔の僕を『クール』って言ってたっけ。今よりも、昔の僕の方が好み?」
 文乃さんの腕をとって近づくと、文乃さんは真っ赤になって顔を背けた。
「ちょ……ちょっと、先生! 自分で自分にヤキモチ焼いてどーすんの!」

 ――なっ……ヤキモチ!?
 思わず、動きを止めた。

「先生?」
 手を緩めた僕を、文乃さんが覗き込む。
 ――顔が熱い。
 僕は口を手で覆った。

「先生、もしかして、自覚なかったの?」

 う……。

 文乃さんは、真っ赤になって何も言えない僕にふわりと抱きついた。
「バカね。どっちも好みに決まってるでしょ。
 先生、あたし達と初対面なのに本気で心配してくれてたよ? 先生は根っこから優しいんだから」
「文乃さん……」

 結局、過去の僕と何があったのかもわからないまま。
 ――でもまあ、いっか。過去でも今でも、僕は僕なんだから。
 今は文乃さんの愛情と鼓動を感じていよう――。

 ドスっ。
「――っ!?」
 僕が感動しながら文乃さんを抱きしめていると、腹に衝撃が走った。
 思わず咳き込むと、再び文乃さんから怒りのオーラが――。

「でも。あたしのことを『うるさい女』って言ったことはまだ怒ってるんだからね!」
 文乃さんは、びしっと僕に指を突きつけた。
「罰として、今日は先生の布団で3人一緒に寝ます!」

 僕は首をかしげた。
 ――逆じゃないの? 「しばらく一緒に寝るの禁止」では?

「狭くてもガマンして。一晩一緒にいて、嫌でもあたしたちのこと忘れられないようにしてやる!
 また今度忘れたりしたら、ほんっとに許さないからねっ!」

 そんな嬉しいこと――ちっとも罰じゃないよ?

 僕は、にやけた顔を見られないよう、文乃さんと鉄兵くんを抱き寄せた。

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4巻 別居後

 別居生活も今日で終わり。
 私と鉄兵は、先生と同じ布団で眠った。
 久しぶりの「川の字」。
 
 先生の腕。先生の匂い――気分が昂ぶっているのか、なかなか寝つけない……。

「眠れない?」
 暗闇の中、密やかに聞こえた先生の声。
 私も小声で返す。
「うん……。ごめん、起こしちゃった?」
「寝られるわけないでしょ。やっと可愛い奥さんとその弟くんが帰ってきたのに」
 私は赤くなった。
 耳元で囁かれる声――離れている期間があっただけに、クるものがある。
 悶々としていると、先生が私の手を取った。
「匂い」
「え?」
「やっと、僕と同じ匂いに戻ったね」
 手に、先生の唇を感じる――ツン、と、鼻の奥が痛くなった。
「ふ……っ、う……っく」
「文乃さん? どうしたの?」
 先生の手が、私のほっぺに流れる涙を拭う。

「わかんな……っ、やだな、何か、先生といると涙腺が緩んじゃう……」
 先生のところに来てから、私は泣き虫になった。
 前は、泣くことなんて滅多になかったのに。

 両親が死んでから、鉄兵が私の全てだった。
 鉄兵を守ることだけ考えてた。
 それなのに。

 別居の間、鉄兵は変わらずそばにいたのに――毎日寂しかった。
 何でだろう?

 ふふ、と先生の笑う声が聞こえた。
「僕は嬉しいですよ」
「なっ……にがっ」
 先生は、鉄兵ごと私を抱き寄せる。
「君が僕の前で泣くのは、僕を信頼して甘えてくれているからでしょう?
 ――1年前、君の瞳は氷に覆われてるように見えた。それが、今はたくさんの表情を見せてくれる。
 笑顔も泣き顔も照れてる顔も――もっともっと見せてください?」

 先生の言葉に、涙が後から後から溢れてくる。
 思わず顔を覆った私の手を、先生は開かせた。
 暗闇に慣れた目が、先生の顔を映す。
 ――先生の瞳に、私が映ってる――。
 心臓が、トクンと鳴った。

 先生の顔が私に近づいて、私は目蓋を閉じる――。
「……ブンちゃ……まーぁくん」
 と、鉄兵が呟いた。

 きゃ、起きちゃった!?

 見ると、鉄兵は目を閉じてくふふ、と笑っている。

 寝言か……。
 ほっとして先生と目を見合わせ、2人で小さく噴き出した。

 先生は私のおでこにちゅっとキスをして、鉄兵と私をぎゅっと抱きしめた。
「僕を、『大事な人』に入れてくれてありがとう」
「……うん」
「僕の前では我慢しないで。僕に甘えて。――守らせて」
「うん」

 温かな、先生の腕の中。
 ――その日は数日ぶりに、ぐっすり眠ることができた。


□あとがき□
 けれど先生は逆に眠れない、と(笑)。

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