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たちばな庵

二次創作メインのブログです。 男女CPオンリー。 ご注意ください。

カテゴリー「キス早」の記事一覧

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浮気疑惑

「先生ー。この大学の資料って……」
 ノックもせずに開けた、「英語科教材室」。

 ――目に映ったのは、女の子と抱き合う先生の姿、だった。

「ふみ……、梶さん!」

 私は無言でドアを閉めて、ダッシュで逃げた。

 ――その後のことは覚えていない。
 気づいたら公園にいて、鉄兵を迎えに行く時間になっていた。



「突然お邪魔して、ごめんなさい」
 アパートには帰りたくなくて、訝しげな顔をする鉄兵とトモくんのマンションへやってきた。
 トモくんはまだ帰っていなかったけど、トモエちゃんが部屋に入れてくれた。

「いいえ。コーチはもう少しおそくなると思います。ゆっくりしていってください」
 トモエちゃんはにっこり笑ってお茶を出してくれる。

「――どうか、したんですか?」
 そっと聞かれて、涙が溢れ出した。
 辛い胸の内を誰かに聞いて欲しくて、学校で見た光景を話す。
 ぐすぐす泣く私に、トモエちゃんはとっても意外なことを言った。

「それは、しかたがないんじゃないでしょうか」
「……え?」

 思わず顔をあげると、トモエちゃんは困ったように笑っていた。

「コーチも同じです。他にも教えている選手はたくさんいます。――道場に入ったら、わたしだけのコーチではなくなります」
「……」
「せんせいも、学校に行ったら『先生』ですから、文乃さん以外の人も見なくちゃいけません」
「そうだけど……でも」

 ――でも、抱きしめなくたっていいと思う。

「文乃さん、わたし、柔道の選手なんですよ」
「? 知ってるよ?」
「そのわたしがルールむしで6年間できなかったことを、せんせいは1週間のけいこだけでやったんですよ」

 ……トモくんとの、柔道勝負のことだ。

「スタミナとか、体格だけの話じゃないです。あれは、きもちで勝ったんですよ。文乃さんも見てたでしょう?」
 私は無言で頷いた。
「あの気迫は、なまはんかなことでは出せません。文乃さんたちを取り戻すためにあんなにボロボロになって戦ったせんせいをうたがうのは、かわいそうです」

 ――さっきとは違う涙がこぼれて、鉄兵の手をぎゅっと握った。

「しっかりはなしあって、家出はそれからでもおそくないんじゃないでしょうか。
 もし浮気だったら、コーチがこんてんぱんにやっつけてくれると思いますよ」

 トモエちゃんは笑顔で言うけど……それは血を見ることになるんじゃ。
 私は恐ろしいものを感じつつ、立ち上がった。

「……そうだね。ちゃんと、話を聞いてみる。それで浮気だったら、改めてお世話になります」
 ペコリと頭を下げて、トモくんのマンションを後にした。



 ガチャガチャガチャ、バタン!

 ――いつになく、乱暴にドアが開けられた。
「文乃さん!?」
 走ってきたのか、先生は汗だくで、ジャケットとネクタイを手に持った姿だ。
 私はテーブルの前で座ったまま、立ち上がることもせずに先生を出迎えた。
「おかえりなさい」
「良、かった……いてくれて……」
 先生は大きく息を吐いて、周りを見回す。
「鉄兵くんは?」
「龍せんせいに預けてある。今から、重要な話をするから。――何のことか、わかるでしょ?」
「はい……」
 先生は私の向かい側に正座した。

「――今日、学校で見たアレ、は、どういうこと?」
 先生は私の問いに真顔で答える。
「生徒のプライバシーに関わるから、理由は言えない。でも信じて欲しい。誓って、やましいことはしていない」
「誓うって、何に?」

 ――少しの、沈黙。
 先生の真っ直ぐな視線が、私を射抜いた。

「……指輪と、君のご両親に」
「……っ」

 思わず、胸元の指輪を握り締めた。
 涙が次々湧いて出てくる。

 先生が私を優しく抱きしめる。
 手が重ねられて、導かれるままにゆっくり開くと、先生は指輪にキスをした。

 私の両頬を包んで、おでこに、まぶたに口づける。その後、今度は強く抱きしめられた。

「僕は教師だから、この胸や腕を他の生徒のために使うこともある。
でも、僕の気持ちと唇は、君だけのものだよ」
「うん……」

 ――本当は、そんなの嫌だって言いたい。先生の全ては私だけのものだって言って欲しい。

 でも。

 そんな先生だから、好きになったんだ――。

 先生の首に手を回して、ぎゅっと力を込めた。

 途端に聞こえた「つっ」という声。

「先生?」
 先生は痛そうな顔を苦笑に変えた。
「何でもありませんよ」
「何でもないわけないじゃんっ」
「あ、こらっ」
 止めるのも聞かず、先生のシャツを無理矢理はだけさせた。

「何これ!?」

 すると、先生の首周りにくっきりと残る痣が出てきた。

 先生は苦笑を深める。

「実は、アパートには帰ってないかと思って、智之さんのマンションに寄りまして。で……」
「シメられたの!?」
「まあ、そうですね。『文乃がオレのところに来るような何をしたんだ』って」

 いやー、オトされそうになるなんて何年ぶりですかねぇ、なんてのん気なこと言ってる。

「ご、ごめんね……」
「いえ、文乃さんを不安にさせてしまったのは事実ですし。それに、半分はヤキモチですよ」
「え?」
「智之さんの前で、文乃さんのことについてトモエさんと堂々と内緒話をしたのも同然ですから」

 先生は悪戯っぽく笑う。

「さ、そろそろ鉄兵くんを迎えに行きましょう?」
 先生が立ち上がって、手を差し伸べる。
 私はその手をとって立ち上がった。
「うんっ」


「おー、来た来た」
 龍せんせいの部屋のチャイムを押すと、鉄兵と2人で出迎えてくれた。

「ごめんねー、鉄兵。龍せんせいも、いつもごめんなさい」
 鉄兵は先生に抱っこされながら、私と先生を交互に見る。
「ブンちゃとまーくん、なかなおり?」
「うん、仲直りしたよ。鉄兵くんにも心配かけちゃったね」
「よかったね。ケンカはめっよ」
「ハイ。気をつけます」
 眉を吊り上げる鉄兵と、それに頭を下げる先生。

 その様子をクスクス笑いながら見ている私に、龍先生が囁いた。
「ブンちゃん、まーくんの首のアレ……ちょっとやりすぎじゃない?」

「あっ、あたしじゃなーーーいっ!」

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6巻 別居後(智くん家からの帰宅)

 智くんの家から帰って、先生と一緒に暮らす日常が戻ってきた。
 先生の作った夕飯を食べて、先生が食器を洗ってくれている――私だって手伝いたいけど、1回に1枚はお皿を割って逆に迷惑をかけてしまうから。
 私の代わりに鉄兵が先生を手伝っている。

 そういえば、と思って、流しに立つ先生の背中に声をかけた。

「先生、明日って、缶ゴミの日だっけ」

 缶なんてそうそう溜まらないから、ゴミに出すのは月に1度もないくらい。
 けれど一応確認しておこうと、ゴミカレンダーを見ながら、缶用のゴミ箱の蓋に手をかけた。

 そしたら先生が、慌てたようにこっちにやってきた。
「文乃さん、ストップ! いいよ、僕が後で見とくから」
「何言ってんの。できることぐらいやらないと、申し訳ない――あれ?」

 ゴミ箱の中には、溢れんばかりに缶が捨ててあった。
 ――何でこんなに?

 よく見ると、ビールばかり。
 龍せんせいとか熊猫の先生とかとごくたまーに飲んだりしているけど、私たちの前では飲まないのに。

 先生は真っ赤な顔で、驚く私の手から蓋を取り上げて少し乱暴に閉めた。

「先生、もしかして、お酒好きなの?」

意外に思いながら聞くと、先生はいきなり私を抱きしめた。

「――寂しかったんだ」
「え?」
「君たちといると、酒を飲もうなんて気は起きないんだ。けど、君たちが智之さんのところに行っている間は、夜がとても長くて――寒くて、耐えられなかった」

 先生……。

「あ、でも! トモエさんに特訓をお願いしてからは飲んでませんよ!」

 ぷぷっ。
 先生は大人なんだから、お酒を飲んだって言い訳なんてしなくていいのに。

 腕の中でくすくす笑うと、先生の手が顎にかけられた。
「何を笑っているんです?」
「な……何でもありません……」
「そうそう。帰ってきたら『大好き』って言ってくれる約束でしたね? はい、どうぞ」
「ど、どうぞって何! あの日に言ったじゃんっ」
「そうでしたっけ?」
「しらばっくれるな!」
「覚えてないです」
「ぜーったい嘘だ!」

 先生がどんどん顔を近づけてくるから、私は必死で押し返す。

「照れ屋な奥さんですねえ。じゃあ、こうしましょう。ほっぺにキスしてくれるのと、どっちか選ばせてあげます」
「どっちかって……! キスだって、あの日、おでこにしたでしょ! ――あっ」

 先生の目が見開かれて、私は口を押さえた。

 ――そうだ。
 キスのことは、先生は本当に知らないんだった。

 先生はにやりと笑って、再び顔を近づけてくる。

「おやあ? それは全く記憶にありませんねえ。記憶にないのはしなかったのと同じ。さ、もう1度お願いします」
「や、やだっ」
「頑張ったのに、ご褒美なしですか? ひどいなあ」
「だからもうしたって……」
「――全然足りない」

 先生の腕に力がこもった。

「先生?」
「君たちは帰ってきたのに、まだ実感が涌かない。こうして抱きしめても、朝目が覚めたら、またいなくなってるんじゃないかって――」

 先生、震えてる――?
 私は先生にぎゅっと抱きついた。

「あたしたちはちゃんといるよ。――ほら、感じて?」

 感じて。
 私の熱。私の鼓動。私の吐息――。

「うん……」

 ――私たちが帰ってこられたのは、先生があんなに頑張ってくれたおかげ。
 もう、どこにも行かないよ。
 だから、先生もずっとそばにいてね――?



□あとがき□
 文乃さんと電話しているとき、先生がビールを飲んでるのにちょっと驚きました。
 ってことで書いたネタです。
 (1巻「若奥様の攻め下着」のときに飲んでいるのはジュースだと思いたい)

 沖奈和での「ガチガチになってた」発言にはつながらないよなーとも思いましたが、せっかく書いたのでアップ。
 大目に見てやってください。

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5巻 温泉にて

「文乃さん! 床ぬれてるから危ないっ……」

 ――つるっ。
 ドバシャーン! ゴン!

「文乃さん!」



 何で文乃さんが貸切風呂に、とか、鍵を掛け忘れたっけ? とか、いろんな疑問が頭を巡るけれど、そんなことは後回し。
 僕はあがったばかりの露天風呂に再び入り、文乃さんを湯船から引き上げた。

 あのすごい音。あれは絶対に頭を打ってるだろうとチェックすると、案の定、でかいタンコブができている。
 ――あーあ、やっぱり。

 僕はタンコブにそっとキスをして、バスタオルで文乃さんの髪を拭いた。



「――何か?」
「え? いえ」
僕が運びますから後は大丈夫です。お手数をおかけしました
「は……っ、はいぃっ」

 濡れたままでは文乃さんを部屋に連れていけないと、フロントにバスタオル何枚かと浴衣の替えを持ってきてくれるよう頼んだのだが――僕が電話したからか、やってきたのはアルバイトらしき大学生くらいの男。
 しかもそいつは、気を失っている文乃さんから目を離さず、この場から動こうとしない。
 このままでは着替えさせられないので、退出してもらうことにした。

 ――もうちょっとで「地獄のまーくん」が出るところだった。危ない危ない。

 野郎が出て行ったのを確認して、文乃さんの浴衣の帯に手をかける。
 喉が、ごくりと鳴った。

 ――落ち着け。今は、非常事態なんだから。

 僕は大きく深呼吸をして、文乃さんの浴衣をはだけさせた。



「わっ。フミノ、どーしたネ?」
「ちょっと湯当たり……? 翔馬、この鍵、フロントに返してきてくれ」

 文乃さんを抱き上げて部屋に連れて行く途中、翔馬とダントンさんに会った。
 翔馬に貸切風呂の鍵を預けて、ダントンさんに「すみませんが部屋に入ります」と断りを入れた。

「カズマ、フミノについててアゲテ。私、モウ一部屋取りマス」
「ありがとうございます」

 僕は厚意に甘えることにして、ダントンさんに頭を下げた。



 文乃さんを布団に入れて、僕も隣に横になる。

 ――顔色も普通だし、呼吸も安定してる。うん、大丈夫。

 頭に手を添えて確認していると、文乃さんがゆっくり目を開けた。
「……大丈夫? ここは君の部屋だよ。えと、悪いけど、濡れた浴衣とか着替えさせてもらっ……」

 文乃さんの手が頬に伸びて、僕は息を飲んだ。

「先生。私のこと……好きにしていいんだからね」

 な……っ!
 そんな顔でそんなことを言われたら、止められない……!

 けれど、手首を拘束して顔を近づけると、やっぱり文乃さんは震えて涙ぐんでしまった。
 僕は拘束を解いて、親指で涙を拭う。

「僕は大人になっていく文乃さんを大事にしたいんだよ! いつまでだって待ってやる。だから無理すんな……!」

 これは本心。
 ――でもちょっぴり、「残念」とも思うけどね。

 いきなりそんなことを言い始めたのは、多分、ダントンさんに影響されたんだろう。
 だから、教えてあげた。

「あ、そうそう。文乃さん、胸大きくなったでしょ。おしつけられて気づいたのー」
「!!!」


□あとがき□
「浴衣を着替えさせた」ぁ!? というところから妄想。
 でも、先生はきっと後ろ向かせたりバスタオルで隠したり、見えないように気をつけたんだろうな(笑)。

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尾白家のバレンタイン(2011)

2月10日。

 HR中、1人の女生徒が手を挙げた。
「先生。バレンタインにチョコあげたら、英語の成績、査定アップしてくれる?」

「女子ずっりー!」
「先生! 男からのチョコでもおっけーっ?」
「こらこら、静かにしなさい」
 騒然とする教室を静め、一馬は質問の生徒を見た。
「そんなヨコシマなチョコはいりませんよ。
 たった1つ、愛する人からのチョコがもらえればそれでいいんです」
 胸に手を当て、うっとりと目を閉じる一馬に、すかさずツッコミが入る。
「先生、カノジョいるんだ?」
「いいえ、いませんよ」
 一馬があっさり言うと、またどっと教室が沸いた。
「何だそれ! 先生、夢見すぎ!」
「キモーっ!」
「つーか、むしろ哀れ! かわいそーっ」

「はいはい。今日はこれで終わりでーす。明日から雪の予報ですから、風邪ひかないように気をつけてくださいねーっ」
 一馬の宣言で、生徒ががたがたと席から立ち、教室を出て行く。

 ――真っ赤になった文乃だけが、一馬を睨みつけていた。


2月14日。

 文乃はそれとなーく一馬を見張っていたが、チョコをもらっている様子はなかった。
 ――こそこそと一馬を尾行していたら、自分が岡から「友チョコ」をもらってしまったが。

「ブンちゃ!」
 放課後、保育園に鉄兵を迎えに行くと、龍が園児(女子のみ)と保護者(ママさんのみ)に囲まれていた。
「龍せんせい、すごい人気だね」
「きょうのおやつはチョコレートだったんだよ! でね、これあげる」
 鉄兵が出した掌には、チロルチョコが2つ、載っていた。
「え、いいよ。鉄兵のおやつじゃん」
「でも、きょうはだいすきなひとにチョコレートをあげるひなんでしょ? ぼく、ブンちゃもまーくんもだいすきだもん。だから、はい」
「鉄兵~」
 文乃はぎゅっと鉄兵を抱きしめた。
「ありがとね。それ、後で、先生と一緒にちょうだい。先生、きっと喜ぶよ」
「うんっ。あとね、これ、えみりちゃんにもらった」
 そう言ってバッグから取り出したのは、ラッピングされた小ぶりの箱。
「おおっ。鉄兵、やるじゃん」
「でもね、『ぎりだからかんちがいしないでよね』っていわれた。『ぎり』ってなんだろ」
「へ、へー」

 ――照れ隠しに「義理チョコ」って言うなんて……恐るべし、4歳児女子。

「『これからも仲良くしてね』ってくれたんだよ。来月、お返ししなきゃね」
「うんっ」


 夕方過ぎになって、一馬が帰ってきた。
 ――今日用意されていたコスプレは、バレンタイン☆スペシャル と称して露出の多いフリルの超ミニワンピだ。

「んー、可愛いですねえ。眼福眼福」
 語尾にハートマークがつきそうなテンションだ。
 ニコニコ言われれば悪い気はしない……が。
「先生さ、胸フェチかと思ったら脚とかヘソとかも出させたがるよね。結局、どこが好きなの?」
「ん? 強いて言うなら『文乃さんフェチ』かな?」
「な……っ」
「ほら、早くご飯食べて、チョコ作りましょう?」

 ――一馬にチョコは渡したい、けれど一馬のお金でこだわりのチョコを買っても……と悶々と悩んでいたところに言われた「手作りして欲しい」の一言。
 自他共に認める料理オンチの文乃が作っても食べられるものができるとは思えず、「一緒に作ろう」ということになった。

 と言っても、ホットケーキミックスに溶かしたチョコを入れただけのもの。
 文乃は混ぜる係だ。

「愛情たーっぷり入れてかき混ぜてくださいね。でも混ぜすぎちゃダメですよー」
「そんな難しいこと言われてもっ」
「おや。それは、愛情が多すぎて混ざりきらないってことですか? ――ああ、飛んでますよ」
「ちょ……っ!」

 文乃が勢いよく泡立て器をふりすぎたせいで、生地が顔についてしまっていた。
 一馬はそれをぺろりと舐め取る。

「さ、そろそろ焼きましょうか。鉄兵くんも、型抜き手伝ってね」
「はーい」


 一馬は、できた生地を次々に焼いていく。
「文乃さん、腰くだけてないで、起きて起きて。ハートは文乃さんが抜くんですよ。鉄兵くんは、他の型、どれを使ってもいいからね」
「先生、何でクッキーの型抜きなんて持ってんの!?」
「やだな、今日のために買ったに決まってるじゃないですか。ほら、早く。次が焼けましたよ」
「~~~~~もうっ」

 文乃と鉄兵は、焼きあがったホットケーキを型抜きしていく。
 すぐに大皿にこんもりと積みあがった。

「よーし、じゃあ食べましょう~」
「わーい」
「あれ、文乃さん、何してるんですか? 文乃さんの席はここでしょう?」
「え?」
 一馬はそう言って、あぐらをかいた膝の上に文乃を乗せた。
「はい、あーん」
「え、え!?」
「何やってるんですか。そのハート、早く食べさせてください。あーん」
「~~~~~~っ」
 文乃は真っ赤になりながら、ホットケーキを一馬の口に運ぶ。
「妻の愛情たっぷりのホットケーキは美味しいですねえ。はい、文乃さんもあーん」
 文乃は目をぎゅっとつぶって口を開ける。
 口の中にホットケーキが入ると同時に、一馬の手が頬に添えられる。
「おいしい?」
「う……うん」

「まーくん。これ、ぼくから」
 鉄兵が保育園でもらったチロルチョコを出した。
「おおっ! くれるの!? ありがとう! 鉄兵くんも、あーん」
「あーんっ」


 ちょっと恥ずかしいけど、幸せな家族の時間。
 ――その空気を一変させたのは、文乃の一言だった。

「これ、龍せんせいにも持っていこうよ」

 一馬の顔が固まった。

「何で?」
「何でって……、たくさんあるし、いつもお世話になってるから」
「いいよ、そんなの」
「でも」
「妻の手作りチョコを、他人に食べさせるつもりはありません」
 一馬は文乃をぎゅっと抱きしめる。
「他人って、龍せんせいだよ?」
「ダメったらダメです。これは、僕が全部食べます」
「お腹壊しちゃうよ!?」
「その方がマシです」

 文乃は呆れたように一馬を見た。
「……先生ってヤキモチ焼きだよね」
「文乃さんには負けますよ。――今日、ずっと僕のこと見張っていたでしょう」
「……っ!」
 尾行がバレているなんて思っていなかった文乃はギクリと硬直する。
「言ったでしょう? 妻以外のチョコなんて、いりませんよ」

 ――ちゅっ。

「ギエエエエエーっ!」

 耳にキスをされて、尾白家のバレンタインは嫁の奇声で幕を閉じたのだった。

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