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たちばな庵

二次創作メインのブログです。 男女CPオンリー。 ご注意ください。

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6巻 別居後(智くん家からの帰宅)

 智くんの家から帰って、先生と一緒に暮らす日常が戻ってきた。
 先生の作った夕飯を食べて、先生が食器を洗ってくれている――私だって手伝いたいけど、1回に1枚はお皿を割って逆に迷惑をかけてしまうから。
 私の代わりに鉄兵が先生を手伝っている。

 そういえば、と思って、流しに立つ先生の背中に声をかけた。

「先生、明日って、缶ゴミの日だっけ」

 缶なんてそうそう溜まらないから、ゴミに出すのは月に1度もないくらい。
 けれど一応確認しておこうと、ゴミカレンダーを見ながら、缶用のゴミ箱の蓋に手をかけた。

 そしたら先生が、慌てたようにこっちにやってきた。
「文乃さん、ストップ! いいよ、僕が後で見とくから」
「何言ってんの。できることぐらいやらないと、申し訳ない――あれ?」

 ゴミ箱の中には、溢れんばかりに缶が捨ててあった。
 ――何でこんなに?

 よく見ると、ビールばかり。
 龍せんせいとか熊猫の先生とかとごくたまーに飲んだりしているけど、私たちの前では飲まないのに。

 先生は真っ赤な顔で、驚く私の手から蓋を取り上げて少し乱暴に閉めた。

「先生、もしかして、お酒好きなの?」

意外に思いながら聞くと、先生はいきなり私を抱きしめた。

「――寂しかったんだ」
「え?」
「君たちといると、酒を飲もうなんて気は起きないんだ。けど、君たちが智之さんのところに行っている間は、夜がとても長くて――寒くて、耐えられなかった」

 先生……。

「あ、でも! トモエさんに特訓をお願いしてからは飲んでませんよ!」

 ぷぷっ。
 先生は大人なんだから、お酒を飲んだって言い訳なんてしなくていいのに。

 腕の中でくすくす笑うと、先生の手が顎にかけられた。
「何を笑っているんです?」
「な……何でもありません……」
「そうそう。帰ってきたら『大好き』って言ってくれる約束でしたね? はい、どうぞ」
「ど、どうぞって何! あの日に言ったじゃんっ」
「そうでしたっけ?」
「しらばっくれるな!」
「覚えてないです」
「ぜーったい嘘だ!」

 先生がどんどん顔を近づけてくるから、私は必死で押し返す。

「照れ屋な奥さんですねえ。じゃあ、こうしましょう。ほっぺにキスしてくれるのと、どっちか選ばせてあげます」
「どっちかって……! キスだって、あの日、おでこにしたでしょ! ――あっ」

 先生の目が見開かれて、私は口を押さえた。

 ――そうだ。
 キスのことは、先生は本当に知らないんだった。

 先生はにやりと笑って、再び顔を近づけてくる。

「おやあ? それは全く記憶にありませんねえ。記憶にないのはしなかったのと同じ。さ、もう1度お願いします」
「や、やだっ」
「頑張ったのに、ご褒美なしですか? ひどいなあ」
「だからもうしたって……」
「――全然足りない」

 先生の腕に力がこもった。

「先生?」
「君たちは帰ってきたのに、まだ実感が涌かない。こうして抱きしめても、朝目が覚めたら、またいなくなってるんじゃないかって――」

 先生、震えてる――?
 私は先生にぎゅっと抱きついた。

「あたしたちはちゃんといるよ。――ほら、感じて?」

 感じて。
 私の熱。私の鼓動。私の吐息――。

「うん……」

 ――私たちが帰ってこられたのは、先生があんなに頑張ってくれたおかげ。
 もう、どこにも行かないよ。
 だから、先生もずっとそばにいてね――?



□あとがき□
 文乃さんと電話しているとき、先生がビールを飲んでるのにちょっと驚きました。
 ってことで書いたネタです。
 (1巻「若奥様の攻め下着」のときに飲んでいるのはジュースだと思いたい)

 沖奈和での「ガチガチになってた」発言にはつながらないよなーとも思いましたが、せっかく書いたのでアップ。
 大目に見てやってください。

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5巻 温泉にて

「文乃さん! 床ぬれてるから危ないっ……」

 ――つるっ。
 ドバシャーン! ゴン!

「文乃さん!」



 何で文乃さんが貸切風呂に、とか、鍵を掛け忘れたっけ? とか、いろんな疑問が頭を巡るけれど、そんなことは後回し。
 僕はあがったばかりの露天風呂に再び入り、文乃さんを湯船から引き上げた。

 あのすごい音。あれは絶対に頭を打ってるだろうとチェックすると、案の定、でかいタンコブができている。
 ――あーあ、やっぱり。

 僕はタンコブにそっとキスをして、バスタオルで文乃さんの髪を拭いた。



「――何か?」
「え? いえ」
僕が運びますから後は大丈夫です。お手数をおかけしました
「は……っ、はいぃっ」

 濡れたままでは文乃さんを部屋に連れていけないと、フロントにバスタオル何枚かと浴衣の替えを持ってきてくれるよう頼んだのだが――僕が電話したからか、やってきたのはアルバイトらしき大学生くらいの男。
 しかもそいつは、気を失っている文乃さんから目を離さず、この場から動こうとしない。
 このままでは着替えさせられないので、退出してもらうことにした。

 ――もうちょっとで「地獄のまーくん」が出るところだった。危ない危ない。

 野郎が出て行ったのを確認して、文乃さんの浴衣の帯に手をかける。
 喉が、ごくりと鳴った。

 ――落ち着け。今は、非常事態なんだから。

 僕は大きく深呼吸をして、文乃さんの浴衣をはだけさせた。



「わっ。フミノ、どーしたネ?」
「ちょっと湯当たり……? 翔馬、この鍵、フロントに返してきてくれ」

 文乃さんを抱き上げて部屋に連れて行く途中、翔馬とダントンさんに会った。
 翔馬に貸切風呂の鍵を預けて、ダントンさんに「すみませんが部屋に入ります」と断りを入れた。

「カズマ、フミノについててアゲテ。私、モウ一部屋取りマス」
「ありがとうございます」

 僕は厚意に甘えることにして、ダントンさんに頭を下げた。



 文乃さんを布団に入れて、僕も隣に横になる。

 ――顔色も普通だし、呼吸も安定してる。うん、大丈夫。

 頭に手を添えて確認していると、文乃さんがゆっくり目を開けた。
「……大丈夫? ここは君の部屋だよ。えと、悪いけど、濡れた浴衣とか着替えさせてもらっ……」

 文乃さんの手が頬に伸びて、僕は息を飲んだ。

「先生。私のこと……好きにしていいんだからね」

 な……っ!
 そんな顔でそんなことを言われたら、止められない……!

 けれど、手首を拘束して顔を近づけると、やっぱり文乃さんは震えて涙ぐんでしまった。
 僕は拘束を解いて、親指で涙を拭う。

「僕は大人になっていく文乃さんを大事にしたいんだよ! いつまでだって待ってやる。だから無理すんな……!」

 これは本心。
 ――でもちょっぴり、「残念」とも思うけどね。

 いきなりそんなことを言い始めたのは、多分、ダントンさんに影響されたんだろう。
 だから、教えてあげた。

「あ、そうそう。文乃さん、胸大きくなったでしょ。おしつけられて気づいたのー」
「!!!」


□あとがき□
「浴衣を着替えさせた」ぁ!? というところから妄想。
 でも、先生はきっと後ろ向かせたりバスタオルで隠したり、見えないように気をつけたんだろうな(笑)。

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尾白家のバレンタイン(2011)

2月10日。

 HR中、1人の女生徒が手を挙げた。
「先生。バレンタインにチョコあげたら、英語の成績、査定アップしてくれる?」

「女子ずっりー!」
「先生! 男からのチョコでもおっけーっ?」
「こらこら、静かにしなさい」
 騒然とする教室を静め、一馬は質問の生徒を見た。
「そんなヨコシマなチョコはいりませんよ。
 たった1つ、愛する人からのチョコがもらえればそれでいいんです」
 胸に手を当て、うっとりと目を閉じる一馬に、すかさずツッコミが入る。
「先生、カノジョいるんだ?」
「いいえ、いませんよ」
 一馬があっさり言うと、またどっと教室が沸いた。
「何だそれ! 先生、夢見すぎ!」
「キモーっ!」
「つーか、むしろ哀れ! かわいそーっ」

「はいはい。今日はこれで終わりでーす。明日から雪の予報ですから、風邪ひかないように気をつけてくださいねーっ」
 一馬の宣言で、生徒ががたがたと席から立ち、教室を出て行く。

 ――真っ赤になった文乃だけが、一馬を睨みつけていた。


2月14日。

 文乃はそれとなーく一馬を見張っていたが、チョコをもらっている様子はなかった。
 ――こそこそと一馬を尾行していたら、自分が岡から「友チョコ」をもらってしまったが。

「ブンちゃ!」
 放課後、保育園に鉄兵を迎えに行くと、龍が園児(女子のみ)と保護者(ママさんのみ)に囲まれていた。
「龍せんせい、すごい人気だね」
「きょうのおやつはチョコレートだったんだよ! でね、これあげる」
 鉄兵が出した掌には、チロルチョコが2つ、載っていた。
「え、いいよ。鉄兵のおやつじゃん」
「でも、きょうはだいすきなひとにチョコレートをあげるひなんでしょ? ぼく、ブンちゃもまーくんもだいすきだもん。だから、はい」
「鉄兵~」
 文乃はぎゅっと鉄兵を抱きしめた。
「ありがとね。それ、後で、先生と一緒にちょうだい。先生、きっと喜ぶよ」
「うんっ。あとね、これ、えみりちゃんにもらった」
 そう言ってバッグから取り出したのは、ラッピングされた小ぶりの箱。
「おおっ。鉄兵、やるじゃん」
「でもね、『ぎりだからかんちがいしないでよね』っていわれた。『ぎり』ってなんだろ」
「へ、へー」

 ――照れ隠しに「義理チョコ」って言うなんて……恐るべし、4歳児女子。

「『これからも仲良くしてね』ってくれたんだよ。来月、お返ししなきゃね」
「うんっ」


 夕方過ぎになって、一馬が帰ってきた。
 ――今日用意されていたコスプレは、バレンタイン☆スペシャル と称して露出の多いフリルの超ミニワンピだ。

「んー、可愛いですねえ。眼福眼福」
 語尾にハートマークがつきそうなテンションだ。
 ニコニコ言われれば悪い気はしない……が。
「先生さ、胸フェチかと思ったら脚とかヘソとかも出させたがるよね。結局、どこが好きなの?」
「ん? 強いて言うなら『文乃さんフェチ』かな?」
「な……っ」
「ほら、早くご飯食べて、チョコ作りましょう?」

 ――一馬にチョコは渡したい、けれど一馬のお金でこだわりのチョコを買っても……と悶々と悩んでいたところに言われた「手作りして欲しい」の一言。
 自他共に認める料理オンチの文乃が作っても食べられるものができるとは思えず、「一緒に作ろう」ということになった。

 と言っても、ホットケーキミックスに溶かしたチョコを入れただけのもの。
 文乃は混ぜる係だ。

「愛情たーっぷり入れてかき混ぜてくださいね。でも混ぜすぎちゃダメですよー」
「そんな難しいこと言われてもっ」
「おや。それは、愛情が多すぎて混ざりきらないってことですか? ――ああ、飛んでますよ」
「ちょ……っ!」

 文乃が勢いよく泡立て器をふりすぎたせいで、生地が顔についてしまっていた。
 一馬はそれをぺろりと舐め取る。

「さ、そろそろ焼きましょうか。鉄兵くんも、型抜き手伝ってね」
「はーい」


 一馬は、できた生地を次々に焼いていく。
「文乃さん、腰くだけてないで、起きて起きて。ハートは文乃さんが抜くんですよ。鉄兵くんは、他の型、どれを使ってもいいからね」
「先生、何でクッキーの型抜きなんて持ってんの!?」
「やだな、今日のために買ったに決まってるじゃないですか。ほら、早く。次が焼けましたよ」
「~~~~~もうっ」

 文乃と鉄兵は、焼きあがったホットケーキを型抜きしていく。
 すぐに大皿にこんもりと積みあがった。

「よーし、じゃあ食べましょう~」
「わーい」
「あれ、文乃さん、何してるんですか? 文乃さんの席はここでしょう?」
「え?」
 一馬はそう言って、あぐらをかいた膝の上に文乃を乗せた。
「はい、あーん」
「え、え!?」
「何やってるんですか。そのハート、早く食べさせてください。あーん」
「~~~~~~っ」
 文乃は真っ赤になりながら、ホットケーキを一馬の口に運ぶ。
「妻の愛情たっぷりのホットケーキは美味しいですねえ。はい、文乃さんもあーん」
 文乃は目をぎゅっとつぶって口を開ける。
 口の中にホットケーキが入ると同時に、一馬の手が頬に添えられる。
「おいしい?」
「う……うん」

「まーくん。これ、ぼくから」
 鉄兵が保育園でもらったチロルチョコを出した。
「おおっ! くれるの!? ありがとう! 鉄兵くんも、あーん」
「あーんっ」


 ちょっと恥ずかしいけど、幸せな家族の時間。
 ――その空気を一変させたのは、文乃の一言だった。

「これ、龍せんせいにも持っていこうよ」

 一馬の顔が固まった。

「何で?」
「何でって……、たくさんあるし、いつもお世話になってるから」
「いいよ、そんなの」
「でも」
「妻の手作りチョコを、他人に食べさせるつもりはありません」
 一馬は文乃をぎゅっと抱きしめる。
「他人って、龍せんせいだよ?」
「ダメったらダメです。これは、僕が全部食べます」
「お腹壊しちゃうよ!?」
「その方がマシです」

 文乃は呆れたように一馬を見た。
「……先生ってヤキモチ焼きだよね」
「文乃さんには負けますよ。――今日、ずっと僕のこと見張っていたでしょう」
「……っ!」
 尾行がバレているなんて思っていなかった文乃はギクリと硬直する。
「言ったでしょう? 妻以外のチョコなんて、いりませんよ」

 ――ちゅっ。

「ギエエエエエーっ!」

 耳にキスをされて、尾白家のバレンタインは嫁の奇声で幕を閉じたのだった。

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鉄兵の夜泣き

「ブンちゃ、ブンちゃぁ~~~っ」
「どうしたの。あたしはここにいるよ、鉄兵」
 
 ――お願い、泣き止んで。
 私は鉄兵を強く抱きしめた。
 いや、胸に押し付けた、というのが正しいかもしれない。
 ――隣の部屋の先生に、鉄兵の泣き声が聞こえないように。

「鉄兵。抱っこしたげる」
 私は鉄兵を抱き上げた。
 勢いづけて揺するけれど、鉄兵ももう4歳。
 腕力に多少の自信があっても、正直キツい。
 私の腕と腰は、すぐに悲鳴を上げた。

 鉄兵は、揺さぶりが止まるとすぐにグズる。
 ダメだ。
 私は諦めて、外に出ることにした。

 真冬の寒空。
 夜中に鉄兵を外出させるなんて、かなり抵抗と不安を感じるけど仕方がない。

 私はパジャマを着替えて、鉄兵にはありったけの上着を着せる。
 と、カラリ、と襖が開いて、先生が顔を出した。

「鉄兵くん、ずいぶんグズってますね――文乃さん、何してるんですか?」
 先生がすっと真顔になる。
「ごっ、ごめん! 鉄兵、昼間に怖いことがあったから、ちょっと夜泣きがひどくって。
 いつもは寝つきいいし、ほんと、こんなこと滅多にないんだけど。うるさくしてごめんなさい」
 私は慌てて部屋から出ようとして――先生に腕をつかまれた。
「こんな時間にどこ行くんですか」
「鉄兵が落ち着くまで、外に行ってるから。先生、授業の準備してたんでしょう? 邪魔してごめんね」
 鉄兵を促すと、鉄兵は泣きながら「だっこ」と先生の方に手を伸ばす。
「鉄兵、先生の邪魔しないんだよ」
 さらに鉄兵の腕を引っ張ると、先生がひょい、と鉄兵を抱き上げた。
「外、何℃だと思ってるんですか。文乃さん、自分が何してるか、わかってますか?」

 私ができなくて困ってることをあっさりされた上、責めるように言われて、私はカッと頭に血が上った。
「じゃあ、どうしろっての!? あたしだって、こんな夜中に鉄兵を外出させたくないよ! けど、あたしの力じゃもう無理なの! 鉄兵はまだ4歳なんだから、夜泣きしたってしょうがないじゃんっ」
 一息に言って先生を睨みつけると、先生は私を真っ直ぐ見返した。
「何で、僕に言わないの?」

 ――一瞬、何を言われたのか、わからなかった。

「文乃さんには無理でも、僕には簡単にできるのに。何で僕に言わないの?」
「だって。迷惑……」
「迷惑なわけないでしょう! 僕らは『家族』になったんですよ。できないことを補い合わなくてどうするんですか」
「だ……って」
 ボロボロと涙が溢れて、言葉にならなかった。

 だって。
 ――両親が亡くなった後、鉄兵は夜泣きが続いた。急激な環境の変化と、周りの感情を敏感に察知していたからだと思う。
 厄介になっていた親戚の家では「うるさい」「イライラする」「泣き止ませろ」。そう言われてきた。
 だから、布団の中でずっと抱きしめて泣き声が外にもれないようにするか、外に出て鉄兵が泣き止むまであやすか――このどちらかしかなかった。
 それ以外の方法なんて……っ。

 先生がやさしい声で聞いてくる。
「昼間にあった『怖いこと』って?」
「……ほ……いくえんのっ、帰り道……っ、しん、ごう……無視の車……がっ」
 泣きながらつっかえつっかえ言うと、先生の目が見開かれた。
「突っ込んできたの!? ケガは? 病院行った? 何でもっと早く言わないの!?」
「――ほっ、他の車とぶつかりそうになって、勢いで電柱に突っ込んだの! 交差点の反対側だったから、あたしたちは見ただけっ」
 とんでもない誤解に私もびっくりして、涙が引っ込んだ。
「び……っくりしたあ~」
 先生が大きく息を吐いた。

 私は昼間のシーンを思い出して、ぎゅっと目をつぶった。
 ――耳をつんざくブレーキ音と、車が電柱にぶつかる衝撃音。
 車はボンネットがひしゃげて、フロントガラスが粉々で――。
 
 先生の大きな手が、私の頭にぽん、と置かれた。
「……ごめん、思い出させて」
 私がふるふると首を振ると、先生は私を覗き込んでふわりと笑った。
「文乃さん、笑って。鉄兵くんを安心させてあげてください?」

 ――ああ、そうか。

 私は笑顔を作って、鉄兵の頭を撫でた。
「バカね、鉄兵。あたしは何ともないよ」
 先生と一緒に、鉄兵を抱きしめる。
 鉄兵が、ぎゅっと私にしがみついた。
「ほら、元気でしょ? 大丈夫だから。ね?」
「……うん」
 鉄兵はやっと納得したのか、にこっと笑うと同時に寝息をたてた。
 
 鉄兵をそっと布団に入れて、ほっぺに残る涙の跡をぬぐった。
「お姉ちゃん失格だなあ……」

 ――交通事故を見た時、心配したのは鉄兵の夜泣きだった。
 鉄兵はいつも「良い子」だから、親戚の家にも受け入れられやすかった。
 けれど、おねしょすると露骨に嫌な顔をされたし、グズったりすると途端に「だから子どもは」と態度が変わることもあって。
 無意識のうちに、鉄兵の様子を伺ってた。
 最初にすべきなのは、鉄兵を安心させてあげることだったのに――。

「なーに言ってるんですか」
 先生は、私のおでこをつん、とつつく。
「君はよくやってる。君の愛情は、鉄兵くんにもちゃんと伝わってますよ。――でも」
 先生は私を抱きしめた。
「これからは、その役目を僕にも分けてください。
 僕は、君とだけ家族になったんじゃない。鉄兵くんも大事な僕の家族の一員なんですから」
「……うん」
 私も、先生にきゅっとしがみつく。

 私は何て幸せ者なんだろう――。

 感動したのも束の間、先生は私の首に顔をうずめて、にっこり笑った。

「わかってくれて良かったです。では、忘れないよう、痕をつけておきましょうね」
「さ……さいってー!!」


□あとがき□
 多分、先生に拾われてすぐのできごとでしょう。

 ……ていうか、誰か、タイトルをつけるセンスを下さい……orz

拍手[4回]

8巻 記憶喪失後

「あたしのことも鉄兵のことも忘れるなんて、最っっ低っ!」
 夕方からずーっと。
 夕食の時もお風呂に入った後も、ずっと文乃さんは怒っている。
 抱きしめたときに「平べったい」と言ったことが原因ではないらしい。
 何と僕は、数時間だけ記憶喪失になっていたそうなのだ。

 そう言われてみれば、何だか頭がズキズキするような?
 けれど全く身に覚えがないから、曖昧に笑って謝るしかない。

 それにしても。
 高校生時代に戻っていたのか。
 それはちょっと……いや、かーなーり恥ずかしい。
「地獄のまーくん」とか言われてイキがってたときだもんなー。
 その姿を見せたくなくて卒業アルバムを死守しようとしたのにそれが頭に当たって記憶喪失なんて……本末転倒もいいところだ。

 これは、初の長期戦かなー……、なんて思いながら、何度めかの「ごめんなさい」を口にする。
 すると、文乃さんに抱っこされていた鉄兵くんが這い出てきて、僕の腕にしがみついた。
「ブンちゃ、そんなにおこっちゃダメ! まーくん、いつもとおんなじだったでしょ? ブンちゃにわらってって、いってたでしょ?」

 途端に、文乃さんの顔がぼっと赤くなる。

 ……ん? なぜここで赤くなる?
 何だか面白くなくて、文乃さんの肩に手を置くと、あからさまにビクリと反応した。
 視線を合わせようとすると、文乃さんはふんっ、と横を向いて、「先生は昔っから巨乳好きだったんだね! ごめんね、胸なくて!」と叫んだ。
 ――胸?
 何で高校時代の僕が、文乃さんの胸が小さいことを知ってるの?
「文乃さん」
 少し怒った声で呼ぶと、文乃さんがちらりとこちらを見た。
「な、何よ……怒ってるのはあたしの方なんだからね!」
「文乃さん。昼間の僕と何があったの?」
「え?」
「少なくとも、胸に触るような接触はあったってことだよね?」
 ――あ、嫌なことを思い出した。
「そういえば文乃さん、昔の僕を『クール』って言ってたっけ。今よりも、昔の僕の方が好み?」
 文乃さんの腕をとって近づくと、文乃さんは真っ赤になって顔を背けた。
「ちょ……ちょっと、先生! 自分で自分にヤキモチ焼いてどーすんの!」

 ――なっ……ヤキモチ!?
 思わず、動きを止めた。

「先生?」
 手を緩めた僕を、文乃さんが覗き込む。
 ――顔が熱い。
 僕は口を手で覆った。

「先生、もしかして、自覚なかったの?」

 う……。

 文乃さんは、真っ赤になって何も言えない僕にふわりと抱きついた。
「バカね。どっちも好みに決まってるでしょ。
 先生、あたし達と初対面なのに本気で心配してくれてたよ? 先生は根っこから優しいんだから」
「文乃さん……」

 結局、過去の僕と何があったのかもわからないまま。
 ――でもまあ、いっか。過去でも今でも、僕は僕なんだから。
 今は文乃さんの愛情と鼓動を感じていよう――。

 ドスっ。
「――っ!?」
 僕が感動しながら文乃さんを抱きしめていると、腹に衝撃が走った。
 思わず咳き込むと、再び文乃さんから怒りのオーラが――。

「でも。あたしのことを『うるさい女』って言ったことはまだ怒ってるんだからね!」
 文乃さんは、びしっと僕に指を突きつけた。
「罰として、今日は先生の布団で3人一緒に寝ます!」

 僕は首をかしげた。
 ――逆じゃないの? 「しばらく一緒に寝るの禁止」では?

「狭くてもガマンして。一晩一緒にいて、嫌でもあたしたちのこと忘れられないようにしてやる!
 また今度忘れたりしたら、ほんっとに許さないからねっ!」

 そんな嬉しいこと――ちっとも罰じゃないよ?

 僕は、にやけた顔を見られないよう、文乃さんと鉄兵くんを抱き寄せた。

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